「どうだ、すごいだろ?」


「ああ、すごい。圧巻だ」


「すげーな、ヨスガ!リスに聞いて正解だったな!」


シマリスはその白い空間にするりと入って行くと、ヨスガを手招きした。


「この辺りだ。お前が探してるキノコはきっとこの種類だぜ。食べてみろよ」


シマリスが自信満々に指差した先には、扇型の真っ白いキノコが重なり合うようにしてびっしりと倒木に群生していた。


「これが、“純潔の天使”…」


ヨスガはまじまじと目の前のキノコを見つめたが、やはり反応は返ってこない。

だが、このありふれた形状のキノコが本当に“純潔の天使”なのか、ヨスガは少し疑問に思った。


「なんだよ、いらないのか?こんなに美味いのに」


リスはそのキノコをむしゃむしゃと咀嚼した。

一瞬、光るかもしれないと期待したが、何も変わらなかった。ただ、人間が口にした時にしか光らない可能性はある。


かじってみるか?

幸い、目の前のキノコの見た目は“殺しの天使”の異名を持つ“ドクツルタケ”とは全く違う。

祖母との約束を破ることにはならない。

だから、きっと大丈夫だ。


そう決意して、ヨスガは目の前のヒラヒラとした一欠片を千切った。

そして、口を開けてキノコを迎え入れようとした。まさに、その時だった。


「何してるの?」


咄嗟に顔を向けると、少し離れた倒木に少女が腰掛けていた。


「そいつ、あなたが食べてもいいことないと思うけど?」


ヨスガは息を呑んだ。

輝く白い髪。透き通るような白い肌。青みがかった白銀の瞳。まつ毛は雪の結晶のよう。何もかも真っ白の、それはそれは美しい少女。


「…純白の…美少女」


ヨスガは思わずそう呟いていた。


「げ!お前、邪魔すんなよ!せっかくこいつ、殺せるかもしれなかったのに!」


横にいるシマリスが突然、牙を剥いた。

それに、美少女が冷静に応戦する。


「殺してどーすんのよ。シマリスは肉食じゃないじゃない」


「別に食おうと思ってない!こいつら人間を駆除すれば、功績が認められて、俺がシマリスのかしらになれるかもしれない」


「頭ってのはね、そんな簡単じゃないのよ。あんたみたいな奴には一生無理。それに、スギヒラタケ!あんた、何黙って食われようとしてんのよ」


“スギヒラタケ”。その言葉を聞いて、ヨスガは祖父の図鑑の1ページを思い出した。毒キノコだ。

確か、毒素は強いわけではないが、死に至らない保証はない。ただし、リスの身体には毒にならない可能性があるとの記述もあった。


そのスギヒラタケが初めて口を開いた。


「…私たちは…いつもシマリスさんに食べてもらって、糞で菌を運んでもらってるから…」


「はあ…だとしても。この子がここで死んだら、死体を求めて他の動物や微生物が来るじゃない。そしたら、ここは、私たちの聖域ではなくなるのよ」


美少女がそう嗜めると、スギヒラタケはしゅんと萎んだように見えた。


「ほら、そこのリス。さっさとどっか行きなさいよ。私の毒ならさすがのあんたも死んじゃうかもよ?」


「ちっ。うっせーな!もう二度と来ねーよ!」


シマリスは、瞬く間に姿を消した。


ヨスガは目を擦ってから、もう一度美少女を見た。

すると、美少女のすぐ隣に、すらりと一際背の高い純白のキノコが見える。つるんとした傘のすぐ下にヒラヒラとしたスカーフのようなツバ。柄はささくれ立ち、その根元にはこぶのようなものが見える。


何度も祖父の図鑑で見たから分かる。これは、この少女は、ドクツルタケだ。通称、“殺しの天使”。


「…あの、ありがとう。私たちもすぐに去る」


ヨスガは祖母の言いつけを守って、離れようとした。


「待って!」


呼び止められて振り返ると、少女は不敵に笑った。


「少し、話しましょうよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る