第10話

 つられるようにして、リムジンの速度が急速に上がり、一台はたちまち隣へ並びかけてきた。


 もう一台は、ぴったり背後へはりついている。


 私は連中の正体に気づいていない振りで、窓から手を出し、先に行くよう合図を送った。


 油断させなければ勝ち目はない。


 並びかけてきたリムジンの方へ顔を向けた瞬間、背後から突然の衝撃が襲った。


 シートベルトをしていなければ、フロントガラスへ頭を突っ込んでいただろう。


 バックミラーを見ると、背後のリムジンが体当たりしてくるのだった。


 私はハンドルを握る手に力を込めた。


 さらなる衝撃とともに、横にいたリムジンが加速すると、その後部座席の窓から拳銃を握った手が突き出された。


 銃口がまっすぐ私に向けられている。


 まずい!


 咄嗟にリムジンから離れようとハンドルを切る。


 同時に銃声が響き、ラングラーの後部で火花が散った。


 私は逆ハンを切り、撃ってきたリムジンの前へ出た。


 リムジンはさらに速度を上げ、再び並びかけてくる。


 このままでは、いずれ車ごとオダブツだ。


 今や、ラングラーは挟み撃ちのような格好で左右から銃撃されている。


 ジグザグに走って何とかかわしてはいるが、車体のあちこちでひっきりなしに火花が散った。


 一発の弾丸が頬をかすめ、フロントガラスを突き破った。


 考えている暇はない。


 選択肢は……。


 私はハンドル操作を誤ったように見せかけ、ラングラーを敢えて反対車線へ突っ込ませて停止させた。


 横にいたリムジンが前方で急停車し、もう一台もすぐやってきた。


 その間、私はショットガンをつかんでハンドルとシートの間へ体を埋め、じっと息を殺していた。


 私のフリがうまくいっていれば、彼らは銃撃で私が負傷したものと思っているだろう。


 必ずラングラーを調べにくる。


 外の様子はバックミラーで知ることができる。


 前方のリムジンから一目でそれとわかる用心棒然とした男が三人降り、まっすぐこちらへ向かってきた。


 拳銃を手にしている。


 彼らは慎重に左右から車体を取り囲むようにして近づいてくる。


 最初に運転席を覗き込んだ男が、他の連中へ肩をすくめ、首を振ってみせた。


「誰もいませんぜ、パーディントンさん」


 リーダーらしき男が、後ろのリムジンにいるパーディントンへそう報告するのが聞こえた。


「そんなはずがあるか。中を調べてみろ」


 おそらくパーディントンだろう。


 くぐもったような声が聞こえ、合図を送った男が運転席のドアへ手をかけた。


 私はいつでもドアを蹴って飛び出せるよう、折り曲げた両脚に力を込め、男がドアを開ける瞬間を待ち受けていた。


 少しでもタイミングがずれれば蜂の巣だ。


 ドアが細く開いたその瞬間、私は揃えた両足で力いっぱいドアを蹴飛ばした。


 不意をつかれた男は、急に開いたドアに弾き飛ばされる格好になり、背中からしたたかアスファルトへ叩きつけられた。


 反対側にいる二人の注意がそちらへ向けられ、一瞬動きが止まった。


 今だ!


 私は車の外へ飛び出し、一足飛びに敵の背後をとった。


 裏をかかれた二人の用心棒は、私の動きを捉えきれていない。


 慌てて銃をかざし狙いをつけようとする彼らの足元を狙い、私は転がりながらショットガンの引き金を絞った。


 短く切り詰められた銃身から発射された散弾が、広範囲に広がって彼らの脚に喰らいついた。


 二人は握っていた拳銃を放り出し、膝を抱えて苦痛にうめいた。


 息はあるようだが、脚はもはや粉々だろう。


「くそっ!」


 という声に振り返ると、ドアで突き飛ばされた男が、銃を拾って私に狙いをつけようとしている。


 銃口をかわして前へ飛び、私は道路に伏せながらショットガンを撃った。


 銃声とともに男の放った弾丸が私の立っていた場所を抉ると同時に、散弾の吹雪が男の正面から吹きつける。


 鮮血が飛び散り、穴だらけになった男の抜け殻が真っ赤なアスファルトに転がった。


 触発されたように後ろのリムジンからさらに三人の男が飛び出してきて、何事か口々にわめきながらラングラーへ向かって発砲し始めた。


 私は伏せたまま、弾丸の嵐をかいくぐりつつ、死んだ男の手にしていた拳銃へ手を伸ばした。


 このショットガンでは、リムジンを狙うには銃身が短すぎる。


 男の銃は45口径のパイソンだった。


 幸運にも、残弾が4発ある。


 仲間が殺され我を忘れたのだろう。


 連中はむやみに撃ちまくるだけで、狙いをつけているとも思えなかった。


 しかも、弾丸すら数えていなかったらしい。


 たちまち撃ち尽くし、慌てて補填し始めた。


 こうなればしめたものだ。


 こちらには4発の弾がある。


 私は立ち上がり、ラングラーの陰から男の一人を狙い撃った。


 過たず、弾き飛ばされた男がリムジンに背中を打ちつけ崩れ落ちた。


「動くな。命が惜しけりゃ銃を捨てろ」


 目の前で仲間が四人も撃たれれば、戦意喪失もやむを得まい。


 残った二人は銃を取り落とし、がっくりと膝をついた。


「ゲーム・セットだ。覚悟しろ、パーディントン」


 私は右手に45口径を、左手にショットガンを持ち、パーディントンが乗っているはずのリムジンへ歩いて行った。


 次の瞬間、猛然と走り出したリムジンが、私を轢き殺そうと正面から突っ込んできた。


 横っ飛びにかわす直前私が見たのは、髪を逆立て、ハンドルにしがみついているパーディントンの姿だった。


 逃走しようとするリムジンの背後から、私は45口径の残った3発の弾丸を撃ち込んだ。


 リヤ・ウインドーのガラスが粉々に砕け散ったが、リムジンは速度を上げ、そのまま走り去った。


 私はもう一台のリムジンですぐその後を追った。

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