第5話

「……探偵か」と、担当の刑事は私を見るなり声を荒げた。「俺はお前らが大嫌いだ」


 慣れっことはいえ、こうも面と向かって言われてはいい気はしない。


「お前らはまるでハイエナだ。何にでも鼻先を突っ込んで、そのくせ責任を取らない。おまけに死体は増やす、情報は隠す。俺たちの仕事は荒らされっぱなしだ」


 こういう刑事は少なくない。


 夜勤明けで伸びた無精髭に、皺だらけのワイシャツ、ネクタイ。


 デスクの灰皿は吸殻のエベレスト。


「あんたたちを妨害してるわけじゃない。依頼人の機密保持のためだ。あんただって人に知られたくないことの一つや二つあるだろう」


 一晩この殺風景な部屋に拘留されて寝不足なので、自然語気も荒くなる。


「そんな言い訳が通用するか」


 刑事が威嚇するように両手で机を叩いた。


「いいか、人が殺されてるんだぞ!」


「わかってる。だから警察に連絡した」


「そうやって模範市民を気取るんだな」と、刑事は手元のファイルを取った。「鉱山会社へ連絡して裏は取った。お前の言うように、死体は確かにランドールだ。鉱山調査のため、3ヶ月前にB市へやってきたそうだな。まさか、自分が殺されるハメになるとは思いもしなかったろうよ」


 彼はファイルを開いて言葉を続けた。


「ところで、鑑識の結果が出てるんだが聞きたいか?」


 私は肯いた。


「死因は拳銃による至近距離からの射殺。腹に一発、背中から二発食らってる。38口径。床の血痕もガイシャのものと一致したそうだ」


 そう言って、彼はデスクの引き出しからビニールに包まれた拳銃を取り出した。


「近くの林で見つかったよ。38口径だ。弾道検査の結果を待たにゃならんが、まずはホシの使ったものと見ていいだろう」


「指紋は?」


「むろん無い。製造番号も消してある。ありふれた拳銃だし、出所を特定するのはまず不可能だな。過去のヤマでこいつが使われたかどうか調べちゃいるが、おそらく無駄だろう。手がかりが残っているように見えても、役に立たんものばかりだ。この銃もわざと残して行ったんだろうよ。手馴れたやり口だな」


 刑事は溜息をついて、閉じたファイルをデスクの上へ放り出した。


「一応、ナルティは指名手配しておいた。今のところ一番クサいのは奴だからな。問題は動機だ。なぜランドールを殺さにゃならんのだ。物取りじゃないとすると……」


 と、彼は私の方へ人差し指を突き出した。


「おい、お前は今度のヤマについて何か握ってるんだろう。素直に喋ったらどうなんだ!」


「何のことかわからんね」


「いいか、こっちはお前を重要参考人として拘留して吐かせることもできるんだぞ。ちゃんと宿の主人から話は聞いてるんだ。ずいぶんとあの男についてねちっこく聞き出してたそうじゃないか」


「なら話が早い。彼に聞いたはずだ。俺が来たのは昨日なんだぜ。あの死体は少なくとも死後1週間以上は経っている。俺は事件と関係ない。大体、殺した張本人が死体のある場所を人に尋ねて、そこへのこのこ出かけていくと思うのか?」


 刑事は苛立たしげに煙草を揉み消した。


「とにかく、俺を疑うのは時間の無駄だよ。それより、事件についてもっと聞かせてくれ。ランドールは友人だった。できるだけの協力はする」


 刑事はしばらく考え込んでいたが、やがてむっつりと口を開いた。


「いいだろう。だが、俺たちの捜査の邪魔はするな。それと、新しい情報が入ったら、すぐ我々に知らせるんだ。いいな」


「わかってるよ。そうと決まれば一つ教えて欲しいことがある」


「何だ」


「R山とその周辺の所有権はどうなってる?」


 刑事はキャビネットの脇の制服に命じて、それに関する書類を持ってこさせた。


「資料によると、現在の所有主は地元の材木会社だな。だが、ここんとこ経営不振で、あの山を売るんじゃないかって話も出てる」


「相手は?」


「M&P開発事業団だよ。お前は知らんだろうが、街の名士、パーディントン氏の会社だ」


 パーディントン……やはりそうか。


「他にもあるか?」


「いや、充分だよ。さて、もう帰っていいだろうね。何しろ宿代を1週間分前払いしちまったんだ。あの主人じゃ、昨日の分は返しちゃくれんだろうがな」


「よし、帰ってもいい。だが、忘れるな。まだお前の疑いは晴れちゃいないんだ。その脇に吊った銃は置いてけ。保険料だ」


 私はホルスターから38口径を抜き、デスクの上に置いた。


「あんたの考えはわかってる。言っとくが、こいつの弾道検査をしても無駄だよ。街へ来てから一度も撃っちゃいない」


 私は上着を着て立ち上がった。

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