第2話 うちの旦那は歩けない

「おかえりなさい! クロフォード!」


 お屋敷の玄関の前に止められた馬車に向けって、コニーは叫んだ。

 

「……」


 しばらく続いた沈黙。

 馬車の中にいるはずのコニーの旦那――クロフォードはまったく出てこない。


「どうしたのかしら?」


「アンナ!ちょっと来てくれ!」


 クロフォードの声!

 でも、せっかく長い旅から帰ってきたのに、最初に呼ぶ名前があたしじゃないの?

 アンナがちらちら、あたしを見ている。

 きっと、あたしに遠慮しているんだ。


「行ってあげて」


 こくりと、うなずくアンナ。

 馬車の中へ、アンナが入っていた。

 いったい、何がどうなってるの?

 アンナの胸に、言い知れない不安がよぎった。


 あたしの思い描えていた、クロフォードとの再会は……

 魔王との戦いを終えた勇者様が、馬車から颯爽と降りてくる。

 それからあたしが、勇者様の胸に飛び込むのだ。

 盛大な帰還パーティーを開いて、これまでの冒険をあたしに語ってくれるクロフォード。

 ――寂しい思いをさせてごめんな。これからは、ずっとお前のそばにいるから。

 夜、あたしとクロフォードは結ばれる。

 これまでの寂しさを、クロフォードが埋めてくれる。

 クロフォードが、ずっとあたしを幸せにしてくれる。


 ……ずっと妄想したのに!

 どうやらリアルは、そうならないらしかった。


「ちょっとみんな!板を持ってきて!」


 アンナが馬車の窓から首を出して、他の使用人たちに向かって言った。

 馬車から荷物を下ろすための、板を使用人たちが持ってくる。


「そうそう。そこにかけて」


 馬車の後ろに、板がかけられた。

 アンナが帆をあげる。

 ……カタカタッ。

 何か車輪が動くような音。

 

 あれが……クロフォードなの??


 コニーの目の前にいたのは、車椅子に乗ったクロフォードだった。


「ありがとう。アンナ。ここからは自分で行けるよ」


 クロフォードは、お屋敷をぐるりと見渡した。


「ああ……やっと帰ってきた!我が家だ!」

「……」


 コニーは言葉を失った。


「ただいま!俺の愛するコニー」


「……」


「コニー様!クロフォード様が……」


 アンナがひじでつついてくる。


「あ、クロフォード。おかえりなさい……」


 絶対に無事に帰ってくるって、約束したのに。


「あーこれか!全然大丈夫だよ!この車椅子は王都の優秀な職人につくらせた、一級品だ。もう使いこなせているよ。こいつでどこへでも行けるから」


 クロフォードが笑顔で言う。


 しかし、クロフォードの明るい声が、コニーを余計に悲しい気持ちにさせた。


「……そう、なんだ」


 あーダメダメダメ!

 せっかく生きて帰ってきてくれたんだもの。

 今日ぐらいは、明るく接しないと。


「おかえりなさい!クロフォード!今日はパーティーを開いて、うんと美味しいもの食べましょう!みんな、はやく準備して!」


「ありがとう……コニー」


 クロフォードはコニーの手の甲にキスをした。


「クロフォード!」


 コニーはクロフォードに抱きついた。

 使用人たちが盛大な拍手をして、主人たちの再会を祝う。

 

 妄想していた再会とはだいぶ違うけど……

 泣くのは、今日だけはなんとか我慢しなくちゃ。






 

 

 



 

 

 

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