第10話 前途多難な新米教師


 今から数えて五代ほど前のアルセイデス領主の時代、城の地下が大森海の影響を受けてダンジョン化していることが発覚し居城を廃棄したという逸話がある。

 その放置されていた古城を再利用して開校されたのがここ、アルセイデス魔法学院だ。


 辺境の学校のくせして元が城なだけに無駄に豪華で無駄に広い敷地面積を誇る本校だが、歴史があると言えば聞こえはいいものの築数百年の老朽化した部分を乱雑に改築増築を繰り返したせいで内部は迷路のように入り組んでしまっている。


 そんな学舎の一角に『オルライン教室』と表札の掛けられた部屋があった。

 日照計算なんててんでされていない学舎棟の配置のせいで窓の外は完全に日陰になっていて、日中でも魔導灯ランプを付けないといけないほどに薄暗い。


「ふあっ、っくしゅんっっ! ……空気悪いなここ」


 口からが思わず溢れた大きなくしゃみの音が教室中に響き渡った。


 教師のくせに生徒の前ではしたないって?

 ははっ、その心配なら必要ないから安心してくれ。

 なんせ、


「来ないなぁ……今日も空振りかぁ?」


 今が授業の合間だとかそんなことはなく、朝から夕方までこの教室を訪れる者は俺以外に誰一人としていなかった。

 しかも就任してからこの三日間ずっとだ。

 流石にここまで来れば俺もこの状況がおかしいことくらいには気付く。


 アルセイデスの授業形態は生徒が好きな授業を受講する選択授業方式で、必須科目というものは存在しない。

 卒業するには選択した科目の教師に認められて必要な単位数を得れば良い。

 思い描く魔法使いとしての在り方を自由も自分のやり方で目指すという、学院長である師匠の理想を感じる教育方針だ。


 だけど残念なことにそれはあくまで理想に過ぎず、現実には色々なしがらみというものが付き物なようで。

 実際にはどの授業を選んでおいた方が卒業しやすい科目というものが決まっていて、生徒に選択の自由なんてものはあまり存在していない。

 何故そんなことになっているか、それは実質的な選択必修科目となっている科目の教師が決まって貴族生まれの魔導師だからだった。


 ……もしかしたらこの時点でなんとなく察したかも知れなけど、だとしたらその通り。

 そのってのは、つい先日俺が入学式やその後に挑発してやったあいつらとそのお仲間のことだった。




 突如として学院内の『議会派』を調べてその元締めを暴き出すことになった俺なのだが、流石の女王サマも全部俺に投げっぱなしというほど鬼畜ではなかったらしい。

 というのも実は配下の密偵をすでに学院内に潜入させていて、俺の役目は議会派を挑発して目を引くことで密偵が自由に動けるようにすることらしい。

 もちろん俺も表から調べはするけど、正直密偵としての技能は期待されても困るし助かった。


 そんで今のところ囮作戦は目論見通りに進行しているんだが――ひとつだけ予定外だったのが、やつらがこうして俺が授業を行えないように妨害してきたことだ。

 大方自分たちの受け持つ生徒に俺の教室には行かないよう言い聞かせているんだろうが、やることがこすいって言うか。


 まあでもそれ以前に、遅かれ早かれやつらに俺の今の魔力量が新入生並みしかないことを明るみにされると踏んで、怪我が浅くて済む就任挨拶の段階でそのことをぶっちゃけてしまったから、実力の低い教師に教わろうと思う生徒自体が少ないのかも知れん。


「ま、来ないなら来ないでそれでもいいけどな。せいぜい俺は待たせてもらうさ」


 やつらは嫌がらせをしてるつもりかも知れないが、ものぐさの俺からしたら三食昼寝付きの今の状況を別に気にしちゃいない。師匠には悪いと思うけどこればっかりはどうしようもないし。

 それにまんまとこっちに釣られてる裏では件の密偵が内偵調査を進めているはずだ。

 一応俺も絡んで来たあの小太り貴族に影の猟犬インバーゾを張り付かせて監視してるし、そう時間をかけずに議会派の元締めにまでたどり着くだろう。


 そんなわけで俺が何をするでもなく成果は上がっているので、教室に持ち込んだ揺り椅子に深々と腰掛けて優雅に昼寝を決め込むことにしたのだが――


「あれ、暗い……誰もいないの? おかしいなぁ、ここにいるって聞いたのに。……あのぉ~、オルライン先生いますか……?」


 おやおや?

 どうやら三日ぶりに、待ち望んでいたお客がやってきたみたいだ。


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神域魔導師のセカンドライフ〜国を救った元英雄だけど辺境に左遷されて魔法学院の先生やってます〜 宮前さくら @shamosan

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