第9話 思惑②


 一年前の戦争で、オーヴァンムント王国は首都シンクレアまで敵連合軍の侵攻を許している。

 それはつまり王国の中央に位置する王都圏に敵軍が到達するまで、道中の都市や町、村々はそのほとんどが蹂躙されたということだ。


 なにせ連合軍は東西南北から同時に侵攻してきたから、突如として四正面作戦を強いられた王国には全ての戦場に援軍を送る余力なんてものはなく都市部を放棄して避難民を守りながら戦線を後退させるしかなかったわけだが――そんな悲惨な戦況の中でも被害を逃れた地域が二か所あった。


 ひとつは侵攻してきた連合軍への最終防衛線となった王都。

 そして残るもうひとつが南部領でも最南端に位置している辺境のここ、アルセイデスだ。


 しかし隣国のユリゼン公国が王国に侵攻してくるなら真っ先に矢面に経たされるはずのアルセイデスがなぜ五体満足なのか。

 その理由は『大森海』と呼ばれている魔物の棲息域がユリゼンとの国境線にかけて広がっていることに関係していた。


 後で知った話だが、当初ユリゼン公国軍の作戦では大森海を強行軍で突破して南部領を強襲するつもりだったのだと言う。

 だが人間の大軍が自分たちの棲み処に足を踏み入れたことに魔物たちが思ったかはさておき、公国軍は逆に魔物の群れの強襲を受けて撤退することになる。

 なんとも間抜けな話だがそれで大森海を抜ける方針を諦めた公国軍が同盟国である東のルーヴァ共和国側を通って王国に侵攻し、軍を二つに分けて第一軍はそのまま王都へと向かい第二軍は南部へ蓋をするように布陣した。


 そのため南部でも王都に近しい領では公国軍との間で激しい戦闘を繰り広げていたのだが、その頃アルセイデスはと言えば公国軍が東に迂回していたとは露ほども知らず大森海を越えて侵攻してくるだろう敵軍を警戒して軍を展開していた。

 一報を受けてようやく参戦した頃には電撃的に展開したこの戦争はもう佳境を入っていて、王都を包囲した連合軍を俺の神域魔法で撃滅し王国の勝利となった。

 アルセイデス領軍の挙げた成果と言えばせいぜい弱り切った王都からの残兵を、追撃して来た中央軍と南部諸侯軍で挟み撃ちにしてすり潰しただけの戦闘とも呼べない一方的なモノで。

 おかげで民兵を徴用した歩兵にすら人的被害はほとんど出なかったらしい。


 そんな感じで結果を見るとアルセイデスは全くと言っていいほど被害を受けずに終戦を迎えたのだが、じゃあそれを自分たちの家や畑を踏み荒らされ、肉親を失い、はては凌辱された他の三方、いやユリゼンと激しい戦闘を繰り広げていた南方諸侯を含む他の諸領の人々がどう思ったかと言うと説明するまでもないだろう。


 同じように被害を逃れた王都民にさえアルセイデスを腰抜けと貶す人は多かったし、戦火の激しかった北方領からの避難民なんて下手すれば敵である連合軍相手以上に恨み節を吐いていた記憶がある。

 王宮ではアルセイデスがユリゼンに内通していたのではないかという声も上がっていたくらいで、当時のアルセイデスの置かれた立場は非情にマズかった。

 それでも今を見て分かるように領地を安堵されたままなのは、中央軍の魔導兵だった俺とその時たまたま王都に来ていた師匠が王都防衛戦に参加して功績を挙げていたからだ。


 おかげで周りの諸領が軒並み戦争負債で苦しんでいる中でも一人勝ち状態になったアルセイデスなのだが、それでも問題がないわけでもなかったらしい。

 それは師匠に言われるまで俺も気にしちゃいなかったけど、当のアルセイデスの住民たちの感情だ。


 考えてみて欲しいのだが、結果的にアルセイデスは戦火を逃れたがそれは地理的な要因であって別にユリゼン相手に降伏するつもりだったわけじゃない。

 むしろ玉砕覚悟で戦うつもりだったのに、敵軍の方が勝手に進路を変えただけだ。

 ユリゼンと南部諸侯の合戦に遅れたのは領軍を指揮していた者が慎重すぎたとも言えるけど、それでも援軍の要請を受けて参戦してはいるわけで。

 なのに腰抜け呼ばわりされたり、ユリゼンとの内通を疑われれば良い気がしないのは考えてみれば当たり前のことだった。


 とくにアルセイデスの貴族や魔法使いといった特権意識の高い連中は、無駄に高い誇りを傷つけられて怒り狂ったことだろう。

 そこに接近したと思われるのが女王サマを中心とした派閥の『王党派』とは敵対関係にある『議会派』だった――。




「じゃあつまり、俺が学院の教師と生徒の中から議会派の面子を見つけろってんですか?」


 話を聞いていたら頭が痛くなってきて、こめかみに手を当ててそう聞くと師匠は首を縦に振った。


「うむ。もちろん教師としての役目もしっかりとな」


「いや、もっと大変じゃないですかそれ!」


 俺をなんだと思ってんだ師匠も女王サマも。

 こちとら弟子育てたこともなけりゃ、密偵の訓練だって当然受けちゃいないんだが。


「ほっほっほ、難しく考えることはない。お前さんの魔法を生徒にそのまま教えてくれればそれで良いのじゃ」


「俺の魔法ですか? 今の俺の魔力量じゃせいぜい初期魔法しか使えませんよ?」


 だが師匠が言ったのはそういう意味じゃなかったみたいだ。


「このアルセイデスに伝わって来た魔法は良く言えば伝統があり格式高いが、悪く言ってしまえば古臭い。それは中央軍の魔導兵の用いるに慣れ親しんだお前さんならよく分かるじゃろう?」


「……そりゃまあ、あの魔法式を開発したのはウチの研究室ですし。師匠も見学に来てたじゃないですか」


 そうなのだ、この爺さんときたら俺の師匠って立場と大魔導師という肩書きを利用して軍の研究室俺の職場に入り込んで来て、開発中だった新型の魔法式の構造から仕組みに至るま根掘り葉掘り質問責めにしてきた。

 戦後の今となっちゃ軍の秘匿も解かれて王都の魔法学院にも俺たちの作った魔法式は出回ってるはずだけど、あの研究室って本来なら部外者立ち入り禁止の機密施設なんだけどなぁ……。


「でも俺みたいな余所者より、学院長の言葉の方が学院の生徒たちにも聞こえが良いんじゃないですか?」


 だから俺じゃなくて師匠が教えればいいだろうと暗に伝えると、師匠はパチパチと目をしばたたかせて、そして感慨深げに皺だらけの自分の手を見つめた。


「思えば儂も長く生きてきた。人としても魔導師としてもな。だからこそ長らく使ってきたアルセイデスの魔法がこの身に染み付いて凝り固まってしもうとる。新しい魔法の存在を知り、その仕組みを理解はしても使いこなせるかはまた別の話じゃ」


「そんなこたぁないでしょ、師匠は王国の誇る第二位のデュオの大魔導師じゃないですか」


「その名もかつての栄光でしかない。今の儂に大魔導師と名乗れるほどの力がないことは自分が一番よく分かっておるよ。……もう自分がそれほど長くないこともな。だからその前に、一番弟子であるお前さんに後のことを託しておきたいのじゃ」


「なんすか急に、縁起でもない」


 なんだよソレ。

 まるで遺言みたいじゃないか。


「まあ聞きなさい。実のところ儂は女王陛下の勅命がなくとも、いつかお前さんにうちの学院で教鞭を取ってもらうつもりじゃった。ゆくゆくは学院長の座もな。ならばこそ、これは運命なのだと思う」


 そう言って師匠は椅子から立って、黒壇の机に額が触れるくらいに深々と頭を下げた。


「カインよ、これは儂個人としての願いじゃ。固定観念に憑りつかれてしまった片田舎の学院に新しい風を吹かせられるとすれば、それはお前さん以外におらぬのだ。どうか頼む」


「ちょっ、なにしてんですか!?  頭上げてくださいよ」


 師匠が俺にこんなことしてくるのなんて。

 言葉遣いは柔らかいから優しいように見えて、魔法の修行となると悪魔みたいに厳しいあの鬼ジジイが。


(てか師匠ってこんなに老けてたっけか……)


 孤児だったガキの俺を拾ってくれた時にはもう爺さんだったけど、今はもっと老けたように見える。

 あれから十数年経って俺も大人に片足突っ込んだくらいの年齢になり、それだけ師匠も歳取ってるのは当たり前なんだが――くそっ。師匠が変なこと言ってくるから嫌なこと想像しちまった。


「あ~っもう、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」


 だから渋々頷くと、師匠はパッと皺くちゃの顔を綻ばせた。


「おおっ! そうか! やってくれるか」


 師匠にはこれまで育てて貰った恩もあるし……それにどのみち、女王の勅命じゃ任務を断る選択肢はないしな。

 なんでかって俺は女王の温情で首輪を付けて生かされてるだけで、役に立たない犬を飼い続けるほど甘い女じゃないのは死にかけた俺自身の経験が物語ってる。


 犬は狗らしく、芸のひとつくらいは出来るとこくらい見せておきますか。

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