第8話 思惑①
「それで何か俺に用でも?」
入学式が終わってすぐに俺は学院の教師数人に取り囲まれていた。
小太りに痩せぎす、木偶の坊と三人揃って見るからに無能そうな外見だが、趣味は悪いが仕立ての良い服に金細工のカフス……こいつら貴族か。
「なにか用か、だと!? 学生はもとより来賓の貴族も多く列席している場で、誇り高きアルセイデスの魔導を罵倒しておいてその言い草はなんだ貴様ッ!!」
「どうせこやつは卑しき平民。我ら青き血とは流れている血の色からして違うというのに、オルライン伯の寄り子となり伯の庇護を得たことで図に乗ったのでしょうよ」
「おお、まったくもってその通り! そもそもその者の言が正しいなら中級魔法も使えぬと言うではないないですか。戦傷だかなんだか知らんが、魔導師と呼ばれる資格すらない者がよくも吠えたものだ。聞いているのか、ええ!?」
……はっ、随分と好き放題に言ってくれるじゃねぇか。
たしかに俺は平民の身どころか両親の顔すら知らねぇ孤児だけどな。
ちなみにこいつらが言ったように、今の俺はオルライン伯爵家の食客から養子という立場になっている。
何故かと言うと女王からの勅命を遂行するのにオルライン伯の後ろ盾が必要になりそうだからってのと、なによりも伯自身の立ち位置を明確にするためだ。
「なにか勘違いしてるみたいですけど、俺は寄り子じゃなくて正式にオルライン伯爵の養子になってます。就任挨拶での発言については伯も同意していますし、その上で俺を侮辱するというなら、それはつまり伯への侮辱ということになりますが――そういうことでいいんですよね?」
「な、なに……? いやっ、そのようなつもりは決して!」
たっぷりと伯爵の威光を笠に着て警告してやると、小太りは分かりやすく顔を青ざめさせた。
せいぜい男爵か子爵止まりが伯爵の名前出されたらビビるよな、そりゃ。
「まあ、それはいいでしょう。それよりも先生方、この学院は現在王党派と議会派の二派に別れているのだとか。知ってますか?」
「……それがどうかしたか」
おいおい議会派の名前を出した途端に表情変えちゃったら自分らが関わってるって言ってるようなもんだろうに。
そんなお前らに追加でもう一つ餌をぶら下げてやろっかな。
「いえね。女王陛下からの勅命を受けて赴任して来たのはいいものの、何やら物騒だなと思ってましてね」
「なっ、貴様まさか王党派か!? ……いや待て。貴様がそうだと言うのなら――ま、まさか伯も!」
はっはっはっ、はい釣れた~。
「はい。オルライン伯爵閣下は王党派ですよ。もちろん学院長先生もね。……ところで先生方はその反応からすると議会派のようですけど、どこの誰から誘われたんです?」
こっちははなからアンタらみたいな使い走りじゃなくて、その上に用があるんだよ。出来たらそいつが誰なのかさっさと暴きたいんだが。
「い、いやぁ……我らはそのような政争とは無縁なので。あくまで魔導の神髄を追い求める学徒であるからして……」
「そ、そうですな。王党派だの議会派だの、一体なんのことやら」
「そうだ諸君! そろそろ授業の用意をしなくてはいけないのでは? 早く行こうではないか、失礼しますねオルライン先生」
形成が不利だと悟ったのか、はたまた別の理由かわざとらしい言い訳を残して教師連中は立ち去ってしまった。
ちっ、流石にそう簡単に尻尾は出してくれないか。挑発に乗って主人の名前でも溢してくれたら万々歳だったんだが。
だがまぁ撒き餌はこれで十分撒けたはず。
「闇に棲みし者よ、我が影を食らい顕現し、疾く標的を追跡せよ――
俺は小さく呪文を唱えると、三人の中でも一番偉そうにしてた小太りの背に初級の影魔法を飛ばした。
……よしよし、気づかれてはいないみたいだな。
だけど怪しまれないようにすぐこの場を離れないと。
しかし、これじゃ密偵かなにかだ。
こんなのは女王配下の
「ときにカインよ、お前さんはアルセイデスが置かれている状況をどう見る」
女王陛下からの勅書を前に困り果てていた俺に師匠はそう切り出してきた。
「なんですかいきなり?」
「いいから答えよ。五竜頭戦争から一年以上が経ち、ようやっと復興の兆しが見え始めた東西北の諸州と比べてここはどう思うか忌憚のない意見が欲しい」
どうって思うって、幼少時代にアルセイデスを出てから王都勤めだった俺より師匠の方が詳しいだろうに。
まあ聞かれたからには答えるけど。
「ここは『大森海』のおかげで南のユリゼンが迂回したから、戦火にもほとんど巻き込まれてないし元気なもんでしょ」
「ほう。より具体的に言うなら?」
「地政学かなにかの授業ですかこれ。……そうですね、被害もせいぜい連合軍の残兵が村落を略奪したくらいなもんって聞いてますし、虎の子の魔導兵団を維持したまま主要都市部も穀倉地帯もほぼ無傷。大森海から魔物の素材を半永久的に手に入れて国内外に売れますし、いま王国内で経済的にこれほど余力があるのなんてアルセイデスくらいの、もので……?」
アルセイデスの状況について頭の中で整理しながら口に出してみて、俺は師匠がなにを言いたいのか見えてきた。
「もしかして師匠は、アルセイデスが他領と比べて血を流さな過ぎたのが問題だと?」
「……うむ。そしてそれこそ女王陛下がお前さんをウチの学院に遣わされた本当の理由なのじゃよ」
俺の導き出した答えはどうやら正解だったようで、師匠は重々しく頷いた。
なるほどねぇ、なんだかキナ臭い政治の匂いがしやがる。
ただ先生をやらされるってだけの話じゃないと思ってはいたが、俺に一体なにをやらせようってんだ?
あの女王サマは。
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