第6話 入学式


 いつもなら授業の用意をするところだが、今日は入学式が執り行われるので朝礼を終えたミューディとラナは教室を出て魔法実習用の演武館へと足を運んだ。


 なぜ演武館で入学式を行うかと言うとそれは新入生に魔法による洗礼を受けさせるから――なんて物騒な理由では勿論なく、単純に全校生徒を一度に収用出来るだけの広さがあるからだ。

 ラナ達在校生は二階の観覧席から一階の演武場を見下ろして、入学式が始まるのをいまかいまかと待っていた。


「新任の先生?」


「そ。入学式の手伝いしてた娘が教えてくれたんだけど、国軍の魔導士官で教導任務でウチに来たんだって。しかもかなりの美男子イケメンみたい♪」


「ふぅん……」


 ただ待っているのも退屈だというラナのお喋りに仕方なく付き合っていたミューディは、その話に少し引っ掛かりを覚えた。


「気になるわね、その教師」


「お、ミューディも色男が気になる感じ? お嬢様でもも年頃ですな〜。でもミハイルくんが泣いちゃうよ?」


「よしてよ、そんなんじゃないったら。それにミハイルとのことは親同士がなんとなく約束を交わしただけで、お互い気になる相手が出来たら解消して良いっていう形だけの婚約だもの」


 ミハイルというのはミューディの婚約者であるミハイル・シュルティス子爵令息のことだ。

 彼が婚約者に想い入れているというのは有名で、今も観覧席の一角から彼女に熱い目線を送っていた。

 だというのに当のミューディは婚約者の気持ちにはまるで気付いてないらしい。


「……ミューディは男の子の純情を甘く考えすぎだと思うけどなぁ」


「なにか言った?」


「なんでもな〜い。それより気になるってなんのこと〜?」


 まあラナにとって一番大事なのはミューディであって、彼女が幸せになれるのならそれでいいのだが。ミハイルは少し可哀想だが男なら自分の力でミューディを振り向かせられるように頑張れと心の内で声援を送っておく。


「まったく変な子ねぇ……まあいいわ。私が気になるって言ったのは時期の話よ」


「時期って、春は新入生が入学してくるんだし先生も一緒に赴任してきてもおかしくなくない?」


「普通はね。でも考えてみてよラナ、我が国は一年前の侵攻で数多くの魔法使いを失っているのよ? 軍は今頃再編にかかりきりのはずじゃない」


「んんぅ?」


 今一つ話が見えて来ず首を捻るラナに、ミューディはもう少し噛み砕いて説明した。


「軍からの教導出向とはいえ、学院で教師になるということは最低でも弟子を取ることを認められた第五位ペンデ以上……つまりは『魔導師』ということだわ」


「そうか! そんな実力がある人をてんやわんやの国軍が手放すはずがない!」


「そういうこと。多分なにか訳アリでしょうね、その教師」


 ミューディの言葉で途端に噂の新任教師がキナ臭く思えてきた。

 だがそれはそれで話が盛り上がるのも年頃の少女というもので、二人でその教師は実はやんごとなき身分で安全な後方任務として教職に就いただの、実はどこぞの間者スパイだのと妄想を広げてかしましくしていると、巡回していた教師にどやしつけてられてしまった。


「おいそこ! そろそろ式が始まるから私語は慎みなさい」


 二人は罰悪く顔を見合わせると、「はーい」と口だけは真面目に返事をする。


(やっちゃったねミューディ♪ せっかくの監督生が台無しだぁ)


(話振ってきたのはラナでしょう! まったくもうっ )


 どうにもこの友人と付き合いはじめてからというもの、自分が少しずつ不良の道を歩んでいるような気がするミューディだった。




 そうこうしているとようやく入学式が始まって、進行役の教師のかけ声と共に演武場に繋がる大扉が開いて緊張した面持ちの新入生が入場してきた。

 演武館の中央にあつらえられた壇上でミューディの祖父でもある学院長のマクガヴァン老師が新入生に祝福の言葉を送る。


「若き魔法使いたちよ。今日という日が諸君らにとって新しい人生の始まりとなる。我ら講師一同、そして先輩となる観覧席の在校生たちも諸君らが魔法への探求と研鑽を欠かさぬ限り、同胞として歓迎しよう。よくぞ来た、我がアルセイデス魔法学院へ!」


 その言葉を合図に観覧席から式典用の色鮮やかな閃光魔法が次々と放たれると、場内は興奮した新入生たちの歓声でドっと沸いた。

 こんな初級魔法もいいところの魔法で感動している新入生に在校生たちが微笑む中、ミューディは式とはまるで関係ないことを考えていた。


(お爺様はカインにどんなお話があったのかしら)


 カインはマクガヴァンに師事していた弟子で、ミューディの兄弟子に当たる。

 その縁で幼い頃からなにかとカインに甘えていたミューディだが、彼が若くして才能を開花させ軍部付きの魔法使いとして王都へ旅立ってからはすっかり疎遠になっていた。


 そんなカインがいつの間にやら救国の英雄として謳われ、さらには時を置かずに彼が暗殺され非業の死を遂げたと伝書魔法が届いた時は目の前が真っ暗になったが――どういう訳かカインは顔と名前を変えて生きていた。


 マクガヴァンに連れられてオルライン家へとやって来たカインと数年ぶりに再会したミューディは驚くやら感動するやらで、涙や鼻水で顔が酷い有り様になりながらもカインに泣き付いてしまったが、淑女にあるじき失態を見せてしまった恥ずかしさからそれ以来カインにつんけんとしてしまっているのだった。


 まあそれはともかく、今のカインの立場はオルライン伯爵家預かりの食客だ。

 ただしなにがあったかは知らないが魔力の大部分を失い魔法使いとしては使い物にならなくなった彼は、まさしく文字通り伯爵家が養っているだけの存在のはず。

 しかし大魔導師である祖父が、なにやら曰く付きとはいえ英雄であるカインにただの世間話をするはずもない。


(危険なことでなければ良いのだけど……)


 カインは十分に大変な目にあったのだ。

 もうこれ以上、彼に過酷な運命を与えないでくださいとミューディは神に祈るしか出来なかった。



 さて一方で式は粛々と進行し、今年度の入試で主席だったといういかにも自信家という雰囲気を漂わせた新入生代表により挨拶も終わって式も終盤に差し掛かった時――


「ここで皆に紹介したい者がいる。耳が早い者は聞き及んでおるかもしれんが、この春より新たに魔法戦闘を専門とする講師を我が校に招く運びとなった」


 壇上のマクガヴァンがそう言いながら手にした杖をひと振るいすると演武館内を照らしていた照明が一息に消え、もうひと振るいするとまるで月の光を集めたかのように一点に降り注いでを照らした。


「彼は国軍に所属し、あの五竜頭戦争でも功績を上げた魔導師だ。残念ながら戦傷が原因で軍属として任務に就くことが困難になってしまったこともあり、これからは後進の育成に尽力してもらうことにした。――オルライン先生、壇上へ」


「はい」


 カツカツと軍靴を鳴らして登壇したその男の姿に、ミューディは自分の目を疑った。


「……嘘。嘘、嘘、嘘よ、なんでっ!」


「ちょちょちょ、ミューディ。声おっきいって」


 思わず声を荒げてしまい隣のラナが肩を揺さぶってくるが、それどころではない。


「カイン……どうして」


 壇上で不敵な笑みを浮かべているその新任講師は、彼女の幼なじみと同じ顔をしていた。

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