第5話 アルセイデス魔法学院


 アルセイデス魔法学院はオーヴァムント王国の南方にあたるアルセイデス地方で唯一の魔法教育機関だ。

 辺境とはいえ王国でも有数の領土を誇り先の戦でも隣国との狭間に広がる魔の森『大森海』が天然の要害となって、被害を最小限にまで押し留めたこのアルセイデスにたったの一校しか魔法学院が存在しないのは人口や貧富による問題ではなく、単純に魔法使いの出生率がそれだけ低いのが原因だった。


 魔法という超常の力を用いるにはそもそもが魔力を保有していなければならない。

 魔法使いとしての力量を示す十二階梯を指標にして言うなら、魔法は使えないが魔道具などを起動させるだけの最低限の魔力を持つ第十二位ドーデカが人類のおよそ九割以上を占めている。

 その一つ上にあたる初級魔法を行使出来るほどの魔力を持つ第十一位エンデカでドーデカ100人に比して1人程度。

 魔法使いの卵として才を認められて学院に入学出来る第十位デカにいたっては1000人に1人とも言われ、さらに魔法学院での厳しい修練をくぐり抜けて無事に魔法使いと認定されるのはその半数以下となる。

 小さな村や町ならその年に魔法学院の入学者が出ただけでお祭り騒ぎとなると言うから、民草の間でもそれだけ魔法使いという存在が貴重なものかが分かるだろう。


 今年もその選ばれた子供達が期待に満ちた顔で魔法学院の門をくぐっていく。

 一年前の自分はどうだったろうか――ぼんやりと窓の外を眺めていたミューディ・オルラインは「はぁ」っと溜め息をついた。

 彼女の物憂げな表情に教室の中にいた男子どころか女子までもがざわつく。


 あの大魔導師マクガヴァン・オルラインの孫娘にして、彼女自身もまた膨大な魔力を秘める将来有望な魔法使い。

 しかも貴族の令嬢であり、金髪碧眼の類い稀な美少女のミューディはこの組の偶像アイドルだった。

 誰が先に話しかけるかクラスメイトたちが目線で牽制し合う中、そんな駆け引きはお構いなしに一人の少女がミューディの席に近付いた。


「やっほミューディ。そんな顔してどうしたの?」


「……ラナ」


 赤髪で快活そうな少女。実際彼女ラナ・フォートリアはまさしくそんな印象通りの人物だ。

 年上も年下も男女も関係なくいつの間にか仲良くなっている彼女は、だからこそ深層の令嬢として孤立気味のミューディが学院内で唯一気を許して話せる存在、有り体に言えば友人だった。


「なんでもないの。……ただちょっと言い過ぎたかなって反省してただけ」


「言い過ぎたって誰に? 家族とか友達?」


 そう問われてミューディはなんと答えたものか言葉に詰まる。

 彼女が思い悩んでいた相手とはカインのことだ。

 あの常に人を小馬鹿にしたような憎たらしく、それでいて何だかんだと優しい五つ上の兄貴分。

 血の繋がりはないし家族ではないけど友達というには歳が離れていて、なら他の関係に言い換えるなら……例えば恋人とか? いやいやいや。


「ま、まあそんなところかしらね」


 頭にポンっと浮かんできた世迷い言を心の中に押し込めて、ミューディはラナの質問を曖昧に誤魔化した。


「ふ〜ん。まあミューディのことだから心配はしてないし、自分でなんとか出来るんだろうけど。でも困ったこととか相談に乗って欲しいことがあったら遠慮せずに言ってよ? アタシたち友達なんだからさ!」


「ラナ……ええ、その時は貴女を頼らせてもらうわ。ありがとう」


「うんっ! あ、それより聞いて聞いて! さっき隣の組の娘に教えてもらったんだけどね――」


 あまり言い慣れない感謝の言葉を口にしたミューディにラナは元気よく頷いて、けれどお喋り好きな彼女はすぐに話をするのに夢中になってしまう。

 でもきっと、本当は思い悩んでいたミューディのために少しでも空気を変えようとしてくれたのだろう。ラナのそういう気遣い上手なところがミューディは大好きだった。




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