第4話 女王の命


 もし腹を刺されたことがあるやつなら俺の感想に頷くだろうが、死ぬほど痛いのは言うまでもないとして何より嫌だったのが刻々と迫る死への恐怖だった。

 これがスパッと首を切り落としてくれたなら訳も分からずくたばれたのに、腹ってやつは重要な臓器が収まってるくせして中々おっ死ねない。

 しかも場所が場所だけに深手を受けたことは確認出来るんで、俺は自分がだんだんと死へ向かっているのを自覚させられたまま激しい痛みにのたうち回る羽目になった。


 犯人は何処へと姿をくらまし、俺の呻き声を聞き付けて人が集まって来たがもう手の施しようもなく。そのうちにどうしようもなく瞼が重くなって――俺の意識は深いまどろみに溶けていった。




「ほっほ、だがお前さんはこうして生き長らえたじゃろ?」


「死に損なっただけですよ。それに記録上、カイン・ゴードワースは死亡したことになってるでしょうに」


 そう、俺は生きていた。

 ただし病院で目を覚ました時には全てがもう終わっていた。


 生きている、と生の実感もあやふやなまま呆然としていると、いつからそこに立っていたのかベッドの枕元にいた女が俺に何かを投げ渡してきて。

 それは王国でも有名な新聞社の新聞で、一面に訃報と国葬が執り行われたという記事が載っていた。なにが起きてるかさっぱりで混乱する俺に女はことの経緯を語った。


 その女は女王陛下の配下だと名乗った。

 俺の命を狙っている高位貴族の一派と女王生理的は敵対関係にあり、ようするに陛下は俺という脅威を排除する利よりも貴重な神域魔導師を失うことでの国防上の損失が大きいとお考えらしい。

 しかし相手方を潰してしまおうにも王家と高位貴族の微妙な力関係から迂闊には手を出せず、また俺の命をつけ狙う刺客から守り続けるのは不可能に近い。

 そこで逆転の発想として、相手方の勢力に潜り込ませたこちらの手の者に俺を襲撃させ、殺害させる――正確にはと敵方に思わせる。


 それが成功したら後は簡単だ、公的には俺が死亡したように工作してほとぼりが冷めるまでどこかに匿っておけばいい。

 そしてその隠遁先に選ばれたのが俺とゆかりのあるオルライン伯爵家だった、というわけだ。


「だいたい生かされたっても非常事態に尻を拭く紙神域魔導師が無いと困るってだけの話でしょう。わざわざこんなものまで着けさせて」


 首周りを触るとチキリと硬い金属の感触が指に伝わる。

 幾何学的な模様の走る無骨な首輪。陛下の命であの女に着けさせられているものだ。

 これのせいで、俺は――


「のぅカイン。陛下はお前さんを想って最良の道を選んでくださったのじゃぞ? あのままでは早晩、お前さんは殺されておった」


「それは分かってますよ。でもね師匠、俺は十分に王家にも国にも身命を尽くして貢献したつもりです。……だってのにあっちの都合で魔力も名前も顔まで奪われて、挙げ句にどてっ腹に風穴空けられたんじゃ愚痴の一つも言いたくなるってもんですよ」


 俺だってもうガキって歳じゃない。一人の大人として、組織の一員として、こんな窮屈で面倒な状況に自分が置かれている理由は分かるし呑み込めはする。…するが、それと個人的な感情の話は別だ。

 苛立ちでギリッと奥歯を噛み締めていると師匠は意外そうに聞いてきた。


「おや? ものぐさのお前さんはここでの自隠遁生活を楽しんでいるように見えたがのぅ。それにホレ、その顔も前の冴えない面よりずっと男前にしてやったというに。儂の力作じゃぞ」


「……それが余計なお世話なんですよ! ていうか未だに鏡見る度にびっくりするんですけどね!? 他人の顔が毎回映るから!」


 せっかくカイン・ゴードワースが死亡したと偽装したのに俺の見た目がそのままじゃ意味がないってことで、今の俺の顔は師匠の魔法ですっかり別人にされている。

 しかも幻覚魔法とは違って身体操作魔法の応用で実際に肉付きや骨格まで弄ってるから『看破』の魔法でも見抜けない優れモノだ。……難点があるとすれば施術中はめちゃくちゃ痛いってことか。二度と受けるのはゴメンだね。


 ともかく鼻は高くなり目元もすっきりして、十人中八人くらいは美男子イケメンと認めるまでになった俺に以前の面影はまるでなく、素性を明かしている人たち以外にはまずカイン・ゴードワースだと気付けないだろう。

 久しぶりに再会したミューディも最初は随分戸惑ってたし……今さらだけどミューディの様子がずっとおかしいのってこの顔が原因なんじゃないか?


「鈍いのぅ、お前さんは相も変わらず。魔法だけではなく女人の扱いも教えた方が良かったか」


 そう抗議してみたら師匠は心底呆れ果てた様子でため息を吐いた。

 余計なお世話だっての人を童貞みたいに。

 俺だって英雄だった頃は王都でそれなりに――


「分かった分かった、そこまでにしておこう。お前さんを呼んだのは下世話な話に花を咲かせるためではないぞ」


「あ、確かに。用事ってのはなんなんですか師匠。どーせ上からのお達しでしょうけど」


「ほっほっ、流石に分かるか。お前さんの察しの通り女王陛下からの勅命じゃ。ただ、儂も詳しい内容までは知らん」


「師匠も?」


「うむ。先に使い魔で儂宛てに一通送られてきてな」


 師匠は引き出しを漁ると、取り出したなにかを机の上に置いた。それは二通の手紙だ。

 庶民も用いるような質素な紙を使った手紙の方は封が開けられているが、もう一通の格式張った方は封蝋が残ったままにされて手がついていない。

 交差した剣に大楯を象った紋章……これはキノス王家の勅書で間違いないだろう。


「お前さんと一緒に封を開けるように、と書かれていてな。陛下なりの誠意のつもりじゃろうて」


「……フン」


 余計な気遣いなんだよ、女王様。

 たしかに俺はあの件以降王家は好きじゃないが、爺さんが俺に隠し事をするとは疑っちゃいないし、仮に騙されたとしてもそうするだけの理由があるってことだ。

 腐っても国軍の魔導師なんだから命令には従うさ。従うしかないってのもあるけどな。


 ともあれ中身を読まないことには話は進まない。

 爺さんが小刀で封を開けて中身を確認するのを傍らで見守っていたのだけど、


「なん……だと……?」


 どうせ面倒事だろうとは思っていたけれも、これば予想していたのとは別方向でとびきりの面倒事だ。

 記憶の中に残っているあの冷徹そうな女王陛下らしく、時勢の挨拶もそこそこに本題に入った手紙の内容はといえば俺に対する転任の辞令だった。

 曰く、


 カイン・ゴードワース魔導特務少佐をアルセイデス魔法学院付き戦技教導官に任ず。


 ……いや、今の俺はまともに魔法が使えないんだが。

 なのに魔法学院の教師をしろだって?

 おいおい、冗談はよしてくれよ……。


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