第3話 とある英雄の死


 アルビオン大陸全土を震撼させた五竜頭戦争が勃発したのは今から一年少しばかり前の話になる。


 『五竜頭』というのはすなわち、


 東のルーヴァ共和国。

 西のサルマス商業ギルド連合。

 南のユリゼン公国。

 北のアルソナ帝国。

 そして俺たちの暮らすオーヴァムント王国。

 

 このアルビオン大陸で覇を競い合う五ヶ国の姿を纏めて言い表した言葉だ。


 開戦の経緯はというと、大陸中央の肥沃な大地を支配して栄華を極めていたオーヴァムント王国が目障りとなった他の四国が連合軍を結成して侵略してきた……という、こちら側からしたら堪ったものではない理由だった。

 まあ今まで散々周辺国を侵略し脅しすかして肥え太ってきたのがウチの国だから、やり返されたのは自業自得でしかないんだけども。


 ともあれいかに大国のオーヴァムントであっても四ヶ国を同時に相手にするのは分が悪くて、敗戦に敗戦を重ねとうとう王都圏まで敵軍の侵攻を許してしまう。

 まさに風前の灯。

 世界地図からオーヴァムントの名が消えるのは時間の問題だと誰もが思っただろう。


 ただし結論から言うとそうはならなかった。


 オーヴァムント王国軍のとある魔導師が、理論上は存在していたものの未だかつて誰も成功させたことのない第一階梯魔法、後に『神域魔法』と名付けられる圧倒的な力でもって王都を包囲する連合軍二十余万のゆうに半数あまりを焼き払ったからだ。


 王都シンクレアの城壁を打ち破るために魔導師部隊を前面に展開していたのも仇となり、敵軍の主力であった魔導部隊はほぼ全滅。

 次の頼みとなる騎兵も軍馬が恐慌状態に陥って言うことをきかず、それ以前に生き残った兵達は眼前の灼熱地獄に戦意をすっかり喪失してしまっていた。


 対して王国軍側は自分たちを救った神の威光のごとき力を目にして士気は最高潮、てんでばらばらに撤退していく連合軍の背後を急襲してこれを思う存分に討ち取っていき――最終的な連合軍の死傷者数は全軍のなんと九割にも及んだ。

 それだけの被害となると再侵攻どころか国家の体制をも揺るがし兼ねない事態で、軍の再編にはとてつもない年月が必要となる。


 オーヴァムント王国からの停戦交渉に四ヶ国連合が応じたのは、王都包囲戦の二日後のことだった。


 こうして王国存亡の危機に見舞われた五竜頭戦争は幕を閉じた。

 先勝国となったオーヴァムントは他四国に多額の賠償金の他領土の割譲を要求、常備戦力の大半を失った四国はこの条件を呑む他なく大きく国力を失うことになる。

 参謀本部付きの知り合いによると、向こう十年はウチに再侵攻する余力は無いだろうって話だ。


 これにて戦争は終結して一件落着、めでたしめでたし――とここで話を終わってもいいんだが、本題はここからだ。


 なにせこの戦争を終結させた立役者と言っていいだろう『神域魔法』の使い手である王国軍魔導特務少尉、カイン・ゴードワース。

 その名はなにを隠そうのものだからだ。



 面倒な戦後処理やら報告書の山からようやく解放された俺が王城に呼び出されて出向いてみれば、そこで待っていたのは歓喜の嵐だった。


 絶命絶命の危機に瀕していた王国を救った英雄にして、世界初の第一階梯魔法使用者。

 しかも大魔導師として名高いマクガヴァン・オルラインの直弟子って肩書きも手伝って、救国の英雄だと祭り上げられて正直悪い気はしなかった。

 若くて美しいと仲間内でも憧れられていた女王陛下直々にお言葉と神域魔導師なんて大層な称号まで頂いて、地位も名誉もなにもかも手にしたあの瞬間こそまさしく俺の人生の絶頂だったろう。


 ――もっとも、その時間が終わるのは早かったが。


 尊敬と畏怖の目を向けてきていた仲間たちが、恐怖と猜疑に満ちた目で俺を見ていることに気付いたのはいつだったろう。

 こうして魔力の大部分が使えなくなり、ほとんど魔力なしとなった今の俺ならが何を思っていたのかが分かる。


 それは底知れない恐怖だ。

 命を他人に一方的に握られている感覚。


 なにせ単独で十数万人の命を一瞬で奪える男が自分たちのすぐそばにいるのだから恐れない方がおかしい。

 王都を防衛した際に使用した神域魔法怒りの火イグニス・イレが天にまでそびえ立たせた火柱が、敵軍ではなくもし王都の内で発生していたと考えた者もいただろう。


 ようは奴らにしてみれば術者である俺の気紛れに自分の命運がかかっているというわけだ。

 もちろん俺は王国に弓を引く気なんて毛頭なかったし、神域魔法には様々な制約があるから俺が好きに使える力というわけじゃない。

 だけど神域魔法の使い手が俺しかいない以上、その性質を知る人間も対抗策となる術も他に存在しないのもまた事実。

 俺がどれだけ女王と国への忠誠を訴えてみたところで周囲の疑念は深まっていく一方だった。


 最期は呆気ないもんだった。

 ある日の仕事を終えた帰り道、向こうから歩いて来た千鳥足の酔っ払いがどんっと俺にぶつかってきて。

 次の瞬間、焼けるような痛みが走り驚いて下に目をやると、俺の腹から鈍色の剣が生えていた。


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