第3話 宇部市活性化大作戦

 そんなこんなでリアルすぎる車エビ怪人こと『とどろきエビ太郎』とニチアサヒロイン『がざみん』による、宇部市活性化大作戦が始まった。


 活性化大作戦などと妙にテンションの高い作戦名だが、内容はなんてことはない。少々元気のない飲食店に『宇部ドッグ』を置かせてもらい、それを俺達が売る、という至ってシンプルなものである。


 ちなみにこの『宇部ドッグ』だが、まぁいわゆるホットドッグである。といっても、ウィンナーが挟まった定番のものではない。だとしたら『宇部』を冠する意味がない。


 まずはパン。これには小野地区で生産されているお茶を練り込んだ、うっすら黄緑色のパンである。色味から、「ほうれん草ですか?」などと尋ねて来る観光客が後を絶たないが、だとしたら宇部である意味がないのだ。これはお茶の色です、と言うと、『宇治茶』をイメージする観光客もいる。いいか、ここは山口県であって京都府ではない。宇ではない。宇だ。


 そして、次に具だが、この『宇部ドッグ』、ヘルシー路線を売りにしているため、そのほとんどが野菜だ。というか、宇部の特産品に野菜が多いのだ。スライスしたきゅうりに、千切りキャベツ、それから忘れてはならない『はなっこりー』である。これは山口県のオリジナル野菜で、中国野菜のサイシンとブロッコリーをかけ合わせて作られた、花部も茎も食べられる、独特の甘みと柔らかさが特徴の野菜だ。


 そして、いくらヘルシー路線といっても、お茶を練り込まれたパンに野菜を挟んだだけのホットドッグでは確実に売れない。そこで、ガザミ(月待ちガニ)と車エビ――つまりは俺達だ――のかき揚げを挟んで、最後にもみのりをパラりとちらし、醤油をかけて食べるのである。


 はっきり言って。


 売れないと思った。

 

 俺達(がざみん&エビ太郎)という個性の塊のようなゆるキャラの力をもってしても無理だろうと思った。ヘルシー路線は結構だが、それにしたってやはり多少の肉っ気は必要だろう、と。いや、ガザミと車エビのかき揚げは美味いけど。


 そう思っていたのだが、意外なことに売れた。

 主に女性に、だ。


 この手の市場では、女性を味方につけたもん勝ちだ。映える、痩せる、この辺りがハマれば、彼女らはホイホイと拡散してくれるのである。運が向いて来たと思ったのは、宇部市出身の有名人までもがSNSで発信してくれたことだ。


「俺の地元が、何かこんなの売ってる」


 なんて一文と共に、件の宇部ドッグの画像を載せた日にゃあ、問い合わせで役所の電話回線がパンクするかと――は言い過ぎだが、昼休みに食い込むくらいの忙しさにはなったものだ。有名人パワーすげぇ。


 それで、だ。

 この『宇部ドッグ』はその店によってアレンジも可能ということにしていて、親子三代で頑張っているお好み焼き屋さんでは、かき揚げの代わりにガザミと車エビの入ったお好み焼き(を食べやすいように小さく切ったもの)や、焼きそばを挟んだりしている。とにかくお茶が練り込まれたパンに宇部市の特産品を挟めばOKという何ともゆるいB級グルメなのだ。小麦粉に小麦粉を挟むとかどうなってんだとか、その辺のツッコミは店の方に直接言ってくれ。俺らの意思じゃない。

 

 とにもかくにも、そういうゆるさもウケたらしく、市内の様々な飲食店を巡っては多種多様な宇部ドッグを食べ歩くという猛者まで現れた。そこで慌ててスタンプカードを作り、市内すべての宇部ドッグを制覇した者には、記念品を贈呈した上で役所に名前を貼りだすことになった。ちなみに記念品は俺(エビ太郎)とがざみんのグッズだ。



「今日も疲れたね」


 職場に戻り、着替えを済ませて缶コーヒーで一息つく。

 俺達の職務内容は午前十時から午後三時までが『宇部ドッグ』の売り子(ゆるキャラ活動)で、それ以外の時間はデスクワークだ。デスクワークの内容は主に、報告書の作成である。『宇部ドッグ』やグッズを販売している店から前日の分の売上報告がFAXで送られてくるので、それを集計して入力するのだ。そして、業務内容的に俺達は土日祝日も基本的に休みがない。その代わりに月曜と火曜(その日が祝日の場合はズレる)が休みだ。


 ゆるキャラ業務が終わると、旧喫煙所(いまは建物内すべて禁煙だ)兼給湯室に置いてある粗末なテーブルセットに座って、缶コーヒーを飲むのが俺達の日課だ。コーヒーは互いに奢り合う。一応年上だし男だしと最初は俺が奢っていたのだが、


「いや、私達、同期ですよね」


 とズバリ指摘され、別にそれぞれが買えば良いのだけれども、何か「奢られる」って気分が良いよね、みたいなよくわからない結論に至り、どうせ出す額は同じなんだし(缶飲料は一律百十円)、ということで奢り合うようになったのである。感覚としてはあれだ、飲み会でお酌し合うみたいな感じ。まぁ、要は疲れているのだ。


 その日も俺は笠見さんにブラックコーヒーを、笠見さんは俺に微糖コーヒーを買って、向かい合ってごくりと喉を鳴らした。


 笠見さんが元地下アイドルだということも、だけど年齢的にそろそろ厳しいしぼちぼちやめ時なのでは、と今後のことを考えていたところ、母親の郷里であるこの宇部市が『未来企画部地域盛り上げ課』を新設するにあたり、職員を募集するということを聞き付け、要項を確認してみたところ、四月一日までに越してこられるのであれば、現在他県在住であっても問題はないとのことで一か八か応募したことも、全部この時間に聞いた。


 話してみると、笠見さんは別に口数が少ないというわけではなく、蓋を開けてみれば案外キャラの濃い人だった。まず元地下アイドルって時点で驚きなんだけど。業務中に口数が少なかったのは、ただ単に「仕事に集中したかったから」というのもあるらしいのだが、それよりも「課金もしてねぇ癖に、無料ただで私と話せると思うなよハゲ」と思っていたとのこと。待って待って。ウチの課でハゲてる人なんて限られてるでしょ!? もしかして俺が知らないだけでヅラもいるの!? その中に俺も含まれてたりする?


「だからまぁぶっちゃけ、こういう恰好でチヤホヤされてお金がもらえるなら、美味しいなって」


 二回目くらいのゆるキャラ活動後に上記の経歴を語ってくれた笠見さんは、悪びれもなくそう言った。


「ほんとは私、地味なデスクワーク嫌なんですよ。だけどほら、そろそろ年齢的に東京でアイドルやるのは厳しくて。でも、宇部ここなら二十八でもまだ若手っていうか。『ゆるキャラの中の人』って体ならイケるかなって」


 すごい。

 聞きたくないことをどんどん知ってしまっている自分がいる。

 やめてくれ! 俺の中の笠見さんがガラガラと音を立てて崩れていく。


 そして本日のトークテーマもなかなかに厳しいものだった。


「最近私、彼氏が出来たんです」


 そんなことを言われたら「そうなんだ。良かったね」としか返せない。恐らく笠見さんは、こういうことを話せる友人がいないのだ。彼女自身は東京の人だし、宇部市ここはあくまでもお母さんの郷里なのである。


「彼、売れないミュージシャンなんですよ。私が養わないといけなくて。わかります? たまに駅前で弾いてるんですけど」


 えっと、俺が見たことあるのは、もうマジで歌もギターも下ッ手くそな汚い長髪のひょろひょろした若者なんだけど、まさか彼じゃないよね?


「あの、サラサラヘアーの」


 アァーッ、駄目だ、これたぶんその彼だ。笠見さん、たぶん、たぶんだけどさ、その髪言うほどサラついてなかったよ? 汗かな? 汗でだと思うんだけど、うん、ちょっとベタついてたっていうか。いや、わからない。わからないよ? もしかしたら運悪く誰かが撒いた水でも引っ被ったのかもしれないしね? そんなことたぶんないと思うけど、わからないよね!? 可能性は0じゃないもんね?!


 本日も繰り出された重すぎるパンチに、それまでの「可愛い見た目に反してちょっとクールな笠見さん」像は粉々である。まだ俺以外の職員は「宇部市のためにがざみんの活動を(恐らく)無理をして頑張ってくれてる笠見さん」と思っているのだろうが、俺の中ではもうかなりの地雷女子だ。


「私、正直、最初はここに住むの、嫌だったんです。東京に比べて、何にもないし」


 空き缶を静かに置いて、笠見さんはぽつりと言った。「だった」という過去形じゃなかったら、さすがに俺でもカチンとくるところだ。ゆるキャラ活動自体はどんな動機でやってくれても良いけど、それでもいま住んでいる、俺が愛してやまないこの宇部市を悪く言うのなら、いまからでも階上さんに頭を下げて、なんて思ったりして。


「だけど、最近、宇部市が凄く好きです」


 人が温かくて、食べ物が美味しくて、だから――……

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