第2話 諸悪の根源と打ち合わせ
事の発端は、ネットの小説投稿サイト『ヨミカキ』にて公開されているエッセイだった。宇部市には縁もゆかりもないと公言している癖にどういうわけだからやたらと宇部宇部うるさい『
「これ良くない?」
熱狂的『ヨミカキ』ユーザーである
言っておくが、宇部市は決して盛り上がっていないわけではない。
そんないつまでもアマチュアでくすぶっているようなアラフォーおばさんのエッセイに助けてもらうほど落ちぶれちゃあいないのだ。
だけれども、じゃあ大都会か? と言われれば、それもまぁ少々厳しくはある。ここでさらにもう一盛り上がりあっても良いかもしれない。それくらいの野心だってある。
それで。
多少パンチの効いたB級グルメとか、突き抜けた感じのゆるキャラとか、あっても良くない?
そんな空気になったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、俺と、後に『がざみん』となる
そこからはあれよあれよという間にありとあらゆることが俺達を無視して進められた。
課長自らそのエッセイの作者である『宇部松清』にコンタクトを取り、エッセイの中で語られていた『宇部ドッグ』なる謎のB級グルメを実際に販売しても良いか、また彼女考案の『がざみん』と『
その結果が、例のリアルを極めし車エビの
けれども、俺の相方である『がざみん』の方はひたすらに可愛い。
彼女はそもそもが可愛い系の美人だ。けれど、普段はどちらかといえばその見た目にそぐわぬクールキャラで、口数も笑顔も少ない。そんな彼女だから、てっきり断るものだと思っていた。
一応、断られた際には、
のだが。
「やります」
意外にも、笠見さんはあっさり受けた。
勤務態度も真面目な笠見さんだから、断れなかったのかもしれない。無理しなくても良いよ、と課長は言った。俺の時は半ば強制だったのに(「若いし、何か名前も似てるしさ!」とのこと)。それは逆に男性差別なんじゃないのかとも思ったが、それでもやはり女性の方が性の対象にされやすいというか、いくら露出は少なめと言っても、着ぐるみに接するような気安さで近付いてくる不埒な輩もいるかもしれない。職場の仲間がそんな目に合うのはやっぱり嫌だ。時代錯誤なセクハラ親父もいるにはいるが、課長を筆頭に、基本的にウチの課は良い人揃いなのだ。
だけれども、笠見さんは「いえ、全然大丈夫です。やります、やらせてください。立派に務め上げてみせます」とやはりクールに返してきた。そこまで言われたら、むしろやらせないわけにはいかない。
だけどもし、実際に衣装を着てみて「やっぱりこれはちょっと」なんてことになったら、その時は階上さんすみませんけど、なんて話を内々にして、いざ、諸悪の根源である『クソアラフォーアマチュア作家宇部松清氏』との初打ち合わせである。
とはいえ、彼女は秋田県在住のため、ほいほいと山口県に来られるわけではない。こういう時のためのリモートなのである。
『おばちゃんだから機械に弱くてごめんなさい』
とか何とか言い訳を並べつつ、なんやかんやと手間取りながらもどうにかつながった画面の向こうの宇部松清氏は顔バレが恥ずかしいとか言い出して、どういうわけだか剣道の面をつけていた。
『本当はホッケーマスクを用意しようと思ったんですけど、すぐに用意出来るのがこれしかなくて』
なぜホッケーマスクなんだ、例のチェーンソーを持ったホラー映画の殺人鬼リスペクトなのか? と小声で呟くと、課長からかなり強めの肘鉄をくらった。何でも、そのホッケーマスク殺人鬼はチェーンソーを一度も使ったことがないらしい。嘘だろ!? たぶん日本国民全員が勘違いしてるぞ?! ホッケーマスクのあいつの武器はチェーンソーだろ?!
とにかく、「なぜそれはすぐに用意出来たんだ」とそれはそれで疑問ではある剣道面の女、宇部松清氏である。剣道経験者なのだろうか。それで、彼女はどうやら『コミュ障の人見知り』らしく、生まれは北海道で、人生の半分を東北で過ごしていることからかなり北の方の訛りがきついのだが、全体的に声が弱いし、話し方もおどおどしていて聞き取りづらい。
それでも何とか『宇部ドッグ』なるB級グルメの詳細であるとか、『轟エビ太郎』と『がざみん』のコンセプトなんかを詰め、その中で衣装(俺は着ぐるみ)を身につけた俺達をお披露目したわけだが――、
「ぐふっ、エビ太郎、キッモ……!」
この野郎。
てめぇが考えたキャラだろうがい。
キャラデザインもお前が監修したって聞いてんだぞこっちは。「キモ可愛い路線で行きましょう! こういうのは多少突き抜けていた方が話題になるんです!」って言ってたの知ってるんだからな。物には限度があんだろ畜生。突き抜け過ぎて大気圏突入してんだよ。
「あっ、がざみんは可愛い! 良かった、やっぱり可愛い! これで何とかなりますね!」
おいちょっと待てや。
がざみんが可愛くなかったら何ともならなかったのか? 俺一人では転覆する船だったのか、おおん?
そう思ったが、我慢だ。
お口にチャックなのだ。
じゃないとまた課長の肘鉄が入ってしまう。何で課長はここまでこのアラフォー剣道面おばさんにハマってるんだ。
「いやぁ、思った以上に『がざみん』が可愛く仕上がっているので、もっとキャラを濃くしましょう。語尾は『まりん』なんていかがでしょうか。海の生き物ですし」
こいつほんとにコミュ障か?! そう思うほど、宇部松清は画面の向こうでノリノリである。
馬鹿お前、笠見さんはそういうキャラじゃないから! 下手したら「おはようございます」と「これお願いします」、「お先に失礼します」しかしゃべらない日だってあるんだぞ?! そんな彼女に「語尾『まりん』」はキツ――
「かしこまりん! 宇部市盛り上げ隊のがざみんだまりん!」
笠見さんはやり切った。
そこまではオーダーしていない、ウィンクにダブルピースのおまけつきで。背後に「きゅるるん」みたいな効果音までが見える。とうとう俺は幻覚まで見えるようになってしまったらしい。
「ワァー! 可愛いっひィ~! ふぅっフゥ~!」
もう黙れ。
黙れ。
確かに可愛かったけども。
ていうか、笠見さん、何か馴染み過ぎじゃない?
なんかやってた? 劇団にでも入ってた?!
こちらサイドがざわつく中、課長が震える声で「宇部先生、恐れながら……」と挙手した。こんなやつに『先生』なんて付けるな。
「あの、
そっか。
そうだよ。
うわー、嫌だな、俺もなんかそういう寒い語尾つけてしゃべる感じになるのか。でもまぁ、宇部市を盛り上げるためなら……っ!
「あっ、エビ太郎は良いです。もう見た目が、ぶっふ! 十分キモ……じゃなかったインパクトあるので」
このクソ野郎!
俺にも何かねぇのかよ!
俺ただただ見た目がキモいだけじゃねぇか!
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