人と天士(2)

「助っ人?」

 そんな話は誰も聞いてない。いったいこいつは何を言ってるんだ? 皆が首を傾げた途端、城の方から男が一人、重い足音を立てて走って来た。

「お待たせしましたフィノアさん!」

「いいっ!?」

「ちょ、まさか――」

 そのまさかである。驚く彼女達の前に現れたのは天士ウォールアクス、天遣騎士団内で一・二を争う巨漢であり最大の怪力を誇る男。

 その天士が栗色髪の女フィノアに向かって笑顔で手を振り、貯水池の縁へ立つ。

「お手伝いします」

 彼はそう言って邪魔な甲冑を脱ぎ始めた。躊躇い無く。

「ありがとうございます、アクス様!」

「ちょちょちょ、ど、どういうことよフィノア!?」

「なんで天士様が!」

 他の皆に詰め寄られ、フィノアはえへへと少女のような笑みを浮かべる。

「いやまあ、そういうことよ。先月の事件の時にアクス様に助けていただいてね……」

「それが縁ってこと?」

「まさか付き合ってるの……? 天士様と!?」

「ま、まあね」

 そうなのだ、昨日までは彼女自身も確信を持てなかったが今は違う。昨夜、自分達は想いを通じ合わせた。互いの気持ちを確かめたのだ。だからここに来てもらった。

「なんて畏れ多い……」

 監督役の呟き。彼女と同じように信じがたいものを見る目を向けて来る輩も少なくない。しかし、フィノアはそういう反応をされることも予想していた。姿形は人と同じでも天士は天士、人間とは異なる種。だからこの一ヶ月は周囲に知られないよう密会を続けていた。

 でも互いの気持ちを確認したことで覚悟を決めた。もう隠さない。嫌な目で自分を見て来る者達を見つめ返し、彼女は言う。

「別にいいじゃん、天士と恋に落ちる物語だってあるでしょ。アタシはこの人が好きで、この人もアタシを好いてくれた。なら人間と天士、多少の違いなんて些細な問題さ」

「自分もそう思います。団長も望むならずっと地上にいてもいいと。その場合、天士としての力は失うことになるそうですが」

 自ら近付き、フィノアの肩に手を置くアクス。当の天士様本人にそう言われては敬虔な信徒にも何も言えない。しかも団長のお墨付き。

 異を唱える声が無いのを確かめ、彼は袖をまくる。

「さて、それでは仕事を始めましょう。任せてください、すぐに片付けます」

 ――有言実行、愛しいフィノアのため張り切った彼の活躍により貯水池の掃除は驚くほど短時間で終わった。

 そしてこれ以降、未婚の女性達は他の天士に積極的に声をかけていくこととなったのである。




「平和だな」

「ああ……」

 呟いたのは都市の南端、ぐるりとクラリオを囲む防壁に設置された唯一の門を守る兵士。彼等はカーネライズ帝国の暴虐に立ち向かうため結成された大陸諸国連合軍の一員だった者達だ。大半は帝国の侵略に晒されることなく難を逃れた大陸南部の出身でもある。

 選出の基準は旧帝国民に対する害意の有無。ここは名目上は収容所だが、実質的には旧帝国民を保護するための施設。だからこそ駐留する兵士も彼等に対する恨みや偏見を持っていない者だけを集めた。

 とはいえ、望んでここに来たわけでもない。こんな辺境にいては出世を望めないし娯楽にだって乏しい。つまり左遷に近い処遇。二ヶ月ごとに交代できることだけが唯一の救い。

「退屈だ」

「せめて壁の中に入れりゃな」

 壁上に立ち、ぼんやりと市内を眺める。復興作業続くクラリオは活気に満ちていて、この場所で何もせず立っているだけの彼等にしてみればとても楽しそうに見えた。旧帝国民への害意の有無で選出されたとはいえ、それでも彼等兵士が近付けるのはここまで。緊急時以外壁の内側に入ってはいけないと天遣騎士団から厳命されている。

 退屈を紛らすため何人かはカードで遊んでいた。中の一人が諫める。

「やめとけ、先月のあの事件を見ただろ。またあんなことが起こったらどうする」

「そうだ、ここにいりゃ真っ先に逃げられるんだ。馬鹿なこたしない方がいい」

 対戦相手も同意。天遣騎士団は立て続けに起きていた魔獣被害の原因を突如現れた巨大魔獣だと断定し、あれを撃破したことにより問題は解決できたと公表している。

 しかし真相はわからない。本当はまだ、あれと同じようなものがどこかに潜んでいるのかもしれない。実際大陸の各地で同じような事件が相次いでいると聞く。市民にはけして教えるなと緘口令も出された。

 おそらく問題はまだ解決していない。なら、いつまたこの街が戦場になってもおかしくない。

「帝国民のために命を張る必要無いだろ」

「まあな」

「とはいえ、退屈だよなあ」

「あと五日の辛抱だ、それまで我慢しろ」

 五日後、彼等は他の部隊と交代する。その部隊も二ヶ月後にはまた別の部隊と入れ替わり、彼等の隊が再びここに戻って来るのは四ヶ月後だ。

 それを思うと南部出身の兵士達はまた憂鬱な気分になる。

「よりにもよって真冬に戻ることになるんだぜ、俺達」

「きついだろうなあ……」

 大陸南部は温暖な気候のため雪自体ほとんど見たことが無い。なのにこの極寒の地で一冬過ごすのかと思うと今から気が滅入って仕方ない。

「俺、帰ったら除隊しようかな……でも給料だけはいいんだよなあ、この仕事」

「志願者が少ないからな」

「信仰心の無い者達はやめてしまえ」

 彼等のぼやきに耐え切れず、これまで口を開かなかった五人目がついに吐き捨てた。彼は極めて少数派の一員。敬虔な三柱教徒であり、その信心の深さゆえに自らこの地での勤務を志願した兵士である。

「天遣騎士団が直接治めるこの地は今や新たな聖地と言っても過言ではない。そこで働ける幸せを理解出来んのならさっさと辞めろ」

「そう言うなよジョージョー」

「俺達だって別に天士様のお傍にいるのが嫌なわけじゃないさ」

「そうそう、特にアイズ副長は目の保養になる。滅多にお目にかかれないが」

「ナワンテ!」

「おっと、こりゃ不敬でした、申し訳ございません」

「不信心者め……!」

「カリカリすんなって」

 カードをしていた二人は苛立つジョージョーを宥めにかかった。

 壁上に立つ二人のうち一人は、再び壁の内側を見つめ先程の会話を思い返す。

「聖地ね……」

「ん?」

「いや、たしかに平和な光景だと思ってよ」

 実質的には強制収容所なのに市民の多くは笑顔で、忙しく働きながらも大きな不満は無さそうだ。子供達も魔獣被害が収まったことにより徐々に外に出て遊ぶようになりつつある。

 まるで普通の街のようだ。そして、それでいいと思う。彼等への同情の念が無いわけでもないし、自分は他にできる仕事が無くて兵士になったクチだ。戦争は嫌いである。

 だから出来る限りこの安息が長く続けばと、そう願った。

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