人と天士(1)
「すごいよねー」
中庭に面した通路を歩きつつ感心するリリティア。この建物は先月の事件で炎に包まれ黒焦げになったのだが、もう完璧に修繕されてしまった。
「スカルプター達が頑張ってくれましたからね」
同じく建物を見上げ、うんうんと頷くエアーズ。天士スカルプター他数名はその能力を活かして以前から市街地の建設作業に携わっていた。それに加えて一ヶ月前の事件以降は城の修復作業にも従事してくれていたのである。おかげで今やこのクラリオ城は事件以前より美しく、住み心地良い場所になった。以前は頻繁に感じていた隙間風も今はほとんど感じない。
「お前を保護することに決めた後、団長が修繕を急がせたんだ。あの状態は人間には辛いだろうと言ってな」
種明かしするアイズ。彼女達天士にとっては黒焦げのままでも隙間風が吹き放題でも、なんなら野宿になっても問題は無かった。だが人間はそういうわけにもいかない。不衛生な環境では病にもかかりやすくなる。この城には城下の者達も談判に訪れたりするので見栄えも良いに越したことはない。というところまで含めてブレイブの言い分。
「そうなんだ、じゃあ後で団長さんにお礼を言っとくね」
「構わんが、今朝のように一人で勝手に動き回るのはやめろ。お前は私の監視対象だ」
「でもアイズって、わたしがどこにいても見えるんじゃないの?」
「見えていれば良いという話ではない。私の管理下にある以上、勝手な真似は許さん」
「むーっ、遠くまでいったわけじゃないのに……」
「まあまあ」
睨み合う女性陣。険悪な空気を察して割り込むエアーズ。
「副長、何度も申し上げてますが相手はまだ子供です。もう少し寛容に……」
「わかっている」
「リリティアも、副長にとってはお仕事なのですから、あまり困らせないであげてください」
アイズに聞こえるよう言ってから少女の耳に口を寄せ、こっそり囁く彼。
「それに副長は心配しているのですよ」
「えー?」
眉をひそめるリリティア。この一ヶ月の付き合いでアイズがそんな性格でないことは理解できた。だから問いかける。
「ほんとに?」
「まあ、この説は無理がありましたね……」
あっさり認めて取り下げるエアーズ。彼自身まだまだ人付き合いの経験が浅いので、こんな時にどう説得すべきか本当はわかっていない。
それもまたリリティアは理解している。彼女は幼いながらも賢い。天士達は見た目こそ大人だが、中身は自分と大差無い幼い存在なのだと把握済み。
だからニッと笑って走り出した。
「じゃあ、こうしよう!」
「おい?」
アイズは甲冑姿なので掴むところが多い。それを手がかりに強引に彼女の長身をよじ登って行くリリティア。登られている側は何がしたいのかわからず戸惑うしかない。
やがて少女は肩車の姿勢で両手を挙げた。
「ほら! こんなに近くにいるなら安心でしょ!」
「なんの話だ、降りろ」
「やだ! このままお城を一周する!」
「リリティア、それは流石に。せめて私の肩にしてください」
「えー、アイズの方がいい。エアーズより背が高いもん」
「うぐっ」
そうなのである。わずかな差ではあるが、彼は上官より背が低い。以前は気にならなかったのに、最近はその事実が密かなコンプレックスになりつつある。
「天士も背が伸びるでしょうか……」
「知らない。さあ行こうアイズ! 探検探検!」
「もう何度も見て回っただろう」
嘆息しつつ、何を言っても無駄だと悟ったアイズはそのまま歩き出した。途端に頭上でよろめくリリティア。
「うわっと」
「しっかり掴まってろ」
「はーい」
兜を抱える形でしがみつく少女。アイズも無意識のうちに彼女の両足を手で掴む。そんな二人の姿を見てホッとしたエアーズは遅ればせながら後に続いた。
(やはり副長も、少しずつ変わっていますね)
その頃、城下では今も急ピッチの建設作業が続いていた。
「しっかり押さえてろよ」
「わかってるって」
全体が陶器と同じ質感の不思議な家。それに扉や雨戸などを取り付けていく職人達。出入口も窓もあまり大きくはない。この地方の冬は極寒なので中の熱を逃がしてしまうそれらはなるべく小型に設計される。玄関にはさらに風除室という外気の流入を防ぐための外に張り出した小部屋もあり、扉は内外一枚ずつで計二枚取り付けられた。
「ふう、これでよし。また一軒完成だ」
「休む暇も無いな」
「ああ、天士様達のおかげだ」
忙しさにむしろ喜ぶ男達。もう七月下旬、この北方の地に冬が訪れるまでは二ヶ月程度しかない。それまでに市民全員分の住居を用意できないと大勢の死者を出すことになる。それを防ぐには急ぐしかない。いまだ天幕で生活している者も少なくないのだ。
だが、千年前に放棄されたこの街は本来なら遺跡と言うべき場所である。そこを残り僅かな期間で復興させようと言うのだから容易な話ではない。
本来なら不可能だ。この街に旧帝国民を隔離収容する計画をブレイブが提案し、各国が賛同した裏には、怨敵に対する『出来る限り苦しんで死ね』という意図もあったはず。一年程度でクラリオを人の住める場所に戻せるはずはないという計算が。
けれど数人の天士の能力がそれを可能にした。朽ちた古い建物を瞬く間に解体し、粘土を操って建物を造形。さらに熱を操る能力で焼き上げる。しかも天士達は全員が人間を遥かに上回る膂力の持ち主であり力仕事の効率も人間の比では無い。
おかげで、このペースで作業が進むなら冬が来るか来ないかのあたりの時期に市民全員分の家を用意できそうである。
「よーし、次だ、頑張るべ」
「おう」
また一軒、仕事を終えた彼等は次の建設現場へ向かった。
別の場所では女達が水仕事を続けていた。ただし皿洗いや洗濯ではない。街の西側にある巨大な貯水池の水を抜き、千年の間に体積した汚れを取り除いているのだ。
「あーもう、だだっ広い」
「しかも汚すぎ、もういやあ」
「わがまま言わない、冬にやるよりゃマシでしょ」
「そうだけどさあ」
ここは千年以上前、クラリオがまだ帝都だった時代に築かれた設備である。当時この地域の情勢は荒れており幾度も国同士の小競り合いが続いていた。隣接する強国の動向に危機感を抱いた時の皇帝は帝都の守りをより堅牢なものにすべく、外部からの侵入口となり、かつ毒を流される可能性も考えられる大きな川を埋め立て、その代わり城と周囲の一区画ずつを取り囲む形でぐるりと巡る円形の貯水池を作った。池の上を通る橋を塞いでしまえば濠としての役割を果たすし、食用の魚を放流しておくことで籠城時の食料源にもなる。
その魚達は遷都から千年を経た今も代を重ねて生き延びていた。とはいえ、あまりに池が汚れているのでそのまま再活用というわけにはいかない。そこで現領主ブレイブから貯水池の掃除をするよう指示が下ったのである。
男達は建設作業で忙しいため、この現場には主に未婚の女達が集められた。
「アタシも魚を捌く方に行きたいなあ」
「年寄りばっかりずるいよね」
「ねえ?」
掃除用具を手に不平不満をこぼす若い女達。高齢で力仕事に向かないご婦人方は池の水を抜いたことで根こそぎ捕獲された魚達を干物や燻製に加工する作業に従事している。それはそれで今年の冬を越すための重要な作業だ。
私も魚を捌きたい、いや生臭いのは嫌だなどと喋るばかりで一向に手を動かない彼女達。こんな調子ではいつ作業が終わるかわかったものではない。最年長だというだけで監督役を任された女は苛々しながら手を叩こうとした。まずは注意をこちらに向けさせねば。
だが、彼女がパンと手を打つより早く、同じことを別の女が実行した。歳の頃は三十前後、栗色の髪で目つきの鋭いはすっぱな雰囲気の痩せた女。それがにこやかに、そしてどこか自慢気に皆の顔を見渡す。
「まあまあ安心して、もうそろそろ心強い助っ人が来てくださるから」
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