意外な発見
──振り下ろす直前、その手を仲間が掴んだ。トークエアーズ。外で他の市民を遠ざけさせていた二人の部下の片割れ。見た目はアイズと同じか少し年上に見える青年で常から目尻の下がった柔和な風貌をしている。しかし今はその眦を吊り上げ彼女を詰問した。
「副長、何をなさるおつもりです!?」
「この娘を処分する。状況を見るに、それが妥当だと判断した」
「まさか魔獣化を……?」
「いや」
見る限り、その兆候もそれを起こした形跡も見受けられない。あくまでこの場の惨状は先程斬り捨てた魔獣によるもの。
そう伝えると、エアーズは自らを盾に少女とアイズの間へ割り込んで来る。
「でしたらおやめください。彼女がどんな罪を犯しました?」
「わからない。何もしていないのかもしれない。だが、していないとも言い切れない」
「でしたらご再考を。そんな不確かな根拠で命を奪っていいわけがない。疑わしいというだけで斬り捨てていけば、いつかこの街の人間は一人もいなくなります」
「……」
眉をひそめるアイズ。いなくなって不都合があるだろうか?
「奴がこの街に潜んでいる。その可能性が高い」
「わかっています。でも団長からも言われたでしょう。市民の安全を最優先にしろと」
「たしかに。だが、この娘を見逃せば、後でより多くの命が失われるかもしれない。多数の安全のため少数を犠牲にする。この判断は間違っているか?」
問われたエアーズは、しばし言葉に詰まる。
それでも、やがて頭を振った。
「私には未来は見通せません。副長はどうなんです? 貴女のその眼には、彼女が殺戮を行う怪物に見えるのですか?」
「……」
そうは見えない。あくまで可能性があるというだけの話。
今度はアイズが返答に窮し、エアーズが畳みかける。
「私は彼女を知りません。ですが貴女のことは知っています。副長、貴女は他の誰よりも多くを知ることができる。なのに答えを急がないでください」
「……」
嘆願され、黙考した後に剣を収めるアイズ。
エアーズは目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「違う、私が手を下すまでもないだけだ。助けたいならさっさとしろ、その娘、あと数分で死ぬぞ」
「あっ!」
言われてようやく振り返るエアーズ。少女は血を流し過ぎて意識を失っていた。慌てて自分の服を裂き、傷口の上で縛って応急処置を施しながら呼びかける。
「メイディはまだか!? 負傷者がいるんだ、早く来てくれ!」
「もう来た!」
「待たせた。うっ……」
家の中の惨状を見るなり、別の地区から駆け付けた
「傷は塞ぎましたが出血が多すぎてどのみち危ない。副長、本部へ連れて行く許可を」
現在のクラリオに病院は一つしかない。監獄でもあるこの街で薬品を自由に流通させるわけにはいかず、中央にあるかつての皇城で一括管理しているからだ。天遣騎士団の拠点も兼ねるその場所まで行けば助けられる。
「……」
「副長、お願いします!」
すぐには答えなかった彼女へ再び詰め寄るエアーズ。アイズは手の平を上げて彼を制し、さらにもう一拍の間を置いてから返す。
「許可する。ただし、その娘には今もまだ疑う余地が残っている。常に二名以上の天士が監視につき、治療の最中も治療後も拘束しておくこと」
これが最大限の譲歩。エアーズは尚も何か言いかけたが、メイディが肩を掴んで止めた。
「急がないと」
「わかってる」
二人は担架を持ち上げて外へ。他の市民の反応も見ておくべきだと考えたアイズは後に続いて外へ出る。
「リ、リリティアちゃん!?」
「ああっ、そんな……今度はこの一家かよ……」
「いい人達だったのに……どうして……」
「皆さん、近付かないで。これから現場検証が始まります」
家の前には人だかりが出来ていた。口ぶりや表情から察するに全員が惨殺された男女やあの娘の知人。近所で暮らす者達だろう。アイズに同行していたもう一人の部下アルバトロスが懸命に押し留めている。特に不審な動きは見当たらない。
その代わり──
「おい、見ろ、あそこ」
「アイズ副長だ……」
「何が祝福されし瞳だい、いつまで経っても元凶を突き止められないくせに」
「さっさと解決してくれ。不安で夜も眠れやしねえ。何やってんだか……」
攻撃的な視線と言葉が次々に彼女に向かって投げかけられる。一応、声はひそめられており、おそらくは聞こえていないと思っている。だが天士は聴覚も鋭い。
アイズが彼等の顔を順に一瞥していくと、誰も彼もが怯えて目を逸らした。やはり正常な反応。想定外の反応は皆無。
「目を合わせるな、あの方とだけは関わっちゃならねえ……」
「アイズ様は容赦が無いんだ……」
「じゃあ、リリティアちゃんのあの怪我、もしかして……」
誤解も生じたようだが、どうでもいい。実際殺そうとした。
ただ、エアーズの判断は正しかったようだ。この場で少女を殺していたら市民の反感は大きく膨れ上がったことだろう。
(処分は城でもできる)
むしろ、その方が人目に触れずに済む。人間など脅威ではないが本来庇護の対象である彼等をいたずらに害すべきでない。天士と人間の対立を煽るのも不本意だ。
とりあえずは現場をもう少し検分すべき。そう考えて家の中へ戻る彼女。するとすぐに手がかりを見つけ出せた。
「これは──」
被害者は家具職人だったらしい。工房にはそんな彼の作品の数々があり、そして全てに同じ文章が隠し彫りされていた。普通は解体しなければ見つけられない位置に。
その文章に見覚えがある。今度は明瞭に思い出せた。手がかりを得ようと繰り返し読み返したから間違いない。
流石に驚く。まさか、こんなものが出て来るとは。
「イリアム・ハーベスト……」
魔獣を蘇らせた男。これは彼が使っていた暗号。家具職人と錬金術師、不可解な繋がりが突如として浮かび上がって来た。
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