黒い天士(1)

 去り行く帝国軍を見送り、唯一の女性型天士ギミックアイズは団長に請う。

「追撃の許可を」

「駄目だ」

「理由を問う」

「彼等にも大切なものがある。それを守りたいだけなんだ、今は行かせてやれ」

「わからない。このままでは敵を逃す」

「いいんだ」

 ブレイブはアイズの頭に触れようとして一瞬手を彷徨わせ、結局は背中を叩いた。

「初陣は大勝利。これからもオレ達が勝ち続ける。焦らなくていい」

「焦ってはいない。妥当な命令かを判断しかねている」

「そうか、いいことだ。もっと考えろ」

「……」

 団長の判断はしばしば合理性に欠け、彼女には理解できないものが多い。知識と経験の差によるものと思われる。

 天士にも寿命があり、代替わりをする。現在の天遣騎士団で最も長く活動しているのは団長のブレイブ。他の自分達は生まれたばかりの赤子。戦闘に必要な知識以外、ほとんど何も知らない。その差が認識の齟齬を生む。

 知れば変わっていくと団長は言う。そうなのかもしれない。

 なんにせよ彼の命令には従う。それが団の規律。

 戦場を見渡せば兵士達はまだ混乱の最中。自己紹介が必要なようだ。

「とりあえず連合の代表に挨拶する。アイズとノウブルはついて来い。他は残った敵戦力の捜索と負傷者の救助。魔獣トーイがいたら全て叩け。敵兵には必ず降伏の勧告を」

「了解」

 新たな命令が下り、再び動き出す天遣騎士団。ブレイブは困惑する兵士達の間を歩いて堂々と連合軍本陣へ向かって行く。

 巨漢ノウブルと共にその後ろをついて行きつつ、祝福された瞳を持つアイズは人間達の様子をさらにじっくり観察した。


 感謝する者、戸惑う者、怯える者。

 様々な反応。やはり不可解に思う。


(勝利したのにどうして喜ばない? 我々は味方だ、なのに何故恐れる?)

 一番奇妙なのは個々の反応が異なること。これだけ大規模な集団なのに意志が全く統一されていない。人間とは一人一人が異なる種の生物であるかのよう。

 新たな疑問が彼女の中に芽生える。


 全ての人間を守る必要が?


(……わからない)

 神に命じられた。だから守るのは当然。なのに、どうしてそんなことを考えたのか。

 今はまだ、彼等のことも自分のことも、理解しきれていない。




 ──そこから連合軍の反撃が始まった。天遣騎士団に率いられた彼等は帝国を押し返し、各地を奪還。帝国軍も次々に新兵器を投入して巻き返しを図るものの、やはり天士を打ち倒すことは叶わず敗走を繰り返す結果となった。

 そして二か月後、廃墟と化した都市で一夜を過ごす中、一人の少年が休憩中のアイズに話しかけて来た。

「あ、あの! アイズ様!」

「何だ?」

「その、ですね、えっと……」

 彼は自分から話しかけて来たにもかかわらず、こちらが問い返すと言葉に詰まって顔を俯かせる。用が無いなら立ち去る、そう告げようとすると背後から声が上がった。

「勇気出せボウレ!」

「負けたんだから約束通りにしろよ!」

「早く言えっ!」

「わかってる! い、勢いが必要なんだよ!」


 少年はアイズを見上げた。その澄んだ瞳に兜を外した自分の顔が映る。アイズはそれを見ても特になんとも思わなかった。ただ人間達にとってこの容姿は美しく好ましいものだということは知っている。髪を短く刈り、男のような服装をしていてもなお極めて魅力的らしい。


「じ、自分はアイズ様をお慕い申し上げております! できれば寵愛を賜りたく!」

「……」

 用件はわかった。しかし、ならばどうしたらいいのか彼女には思いつかない。この状況に対応できる知識が備わっていないからだ。最年長のブレイブならともかく、赤子同然の自分達にそんなことを言われても困る。

「本当に言った!」

「やったなボウレ!」

「すげえ!」

 背後で囃し立てる少年達は興奮気味。そこから一つ推察できた。おそらくこれは彼等にとって勇気を示すための儀式なのだろう。本気で愛して欲しいわけではない。

 ならばと判断したアイズは熟慮の末に回答する。

「君の勇気には敬意を表する。だが君はまだ幼く、夫婦となり私と家庭を持つには早いと考える。また天士である私が人と子を成せるかは不明だ。もっと成長するのを待ち、同じ人間の中から相応しい女性を見つけることを奨める」

「えっ」

「す、すいません天士様! この馬鹿共、不敬にも程があるわ! とっとと消えろ!」

 少年が驚いた次の瞬間、別の大人の兵士が割り込んで来て彼の口を手で塞ぎ、無理矢理引きずって連れて行った。叱りつけられた他の少年兵達も逃げ出す。

 すると物陰から笑い声。

「くっくっくっ……」

「何がおかしいんだ、団長?」

「いや、あのボウズが可哀想だと思って」

 すぐ近くの民家。その陰に隠れていたブレイブが出て来て、そう言った。

 何が可哀想なのだろう? そもそも可哀想とはどういう感情だ?

「せっかく勇気を出して告白したのになあ」

「天士と人間では種族が違う」

「そりゃそうなんだが、それでも愛してやることはできるだろう」

「方法を知らない」

「んっ、まあ……教えてないからな」

「知ってはいるのか?」

「ああ~、うん……こりゃとんだヤブヘビだ。おいおい教える、今は不味い」

「理由の回答を」

「平和を勝ち取るのが先」

「理解した」

 たしかに優先順位を誤ってはならない。自分達天士の使命はあくまで混乱したこの地に安寧をもたらすこと。そして、そのためにカーネライズ帝国を打倒すること。

「しかしまあ安心したよ。お前もだいぶ馴染んで来たな」

「馴染んだ、とは?」

「受け入れられたってことさ。最初は一人だけ女で黒ずくめだから警戒されてたろ」

「ああ」


 この色は女神アルトルから彼女と同じ力を賜った証。アイズ自身にその時の記憶は無いのだが、ブレイブ曰く元は違う色の髪と瞳だったものが祝福を受けて黒髪黒目に変貌したそうだ。性別もその時に女性になった。天士には元々性別など無く、神から祝福を受けた時点でどちらかへ変化する。

 ブレイブがそれを説明して回り、アイズ自身が実際に他の天士と共に戦い続けたことで今や疑う者はいない。色と性別が違うだけ、周囲にはそう認識されている。


「さて、ここへ来たのはこんな話をするためじゃない。他の地域の戦況は?」

「変わらず、我々が優勢」

 アイズの瞳は万里を見通す。だからこの場にいてなお大陸各地に散った仲間達の戦いを観察できる。天遣騎士団と連合軍は戦力を分散させ帝国軍を掃討中。向こうがやった殲滅作戦を今度はこちらがやり返している形。言葉通り、どこも優位に事を進めている。

「ならキッカーとエアーズが戻り次第に教えてくれ。一休みしたら今度は作戦継続を他に伝えに行ってもらう」

「了解」

「ああ、それとな」

 ブレイブはまた、アイズの背中を叩いた。

「さっきはよく自分で答えを出した。偉かったぞ」

「判断能力は正常に働いている」

 疲労により思考が鈍っているのではないかと、そういう疑いを抱かれた可能性に気付く。

 はたしてブレイブがそういうつもりで言ったのかはわからない。彼はただ苦笑して背中を向け、左手を振った。

 そして何も言わない。


 納得したのか? それとも──


「……」

 わからない。考えてもわからなかったことは後回しにする。天士は人間ほど長い休息を必要としない。だからもっとすべき仕事をしよう。その方が効率的に進軍できる。早期に戦争を終わらせられる。

「あの子達が死ぬことも……」

 ぽつりと無意識にこぼれた言葉。アイズ自身は、それに気が付かなかった。

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