天遣騎士団

 帝国軍は自分達の圧倒的優位を確信していた。だが、同時に彼等は油断無く伏兵の存在にも備えていた。狂った皇帝に怯える彼等は万が一にも敗北できない。そのため正面突破を試みる本隊とは別に左右から迂回しようとする別動隊もあった。

 その別動隊の魔獣が丘を駆け下りる天遣騎士団に対し横撃を仕掛けた。背の低い狼型が茂みや低木を利用して姿を隠しつつすぐ傍にまで来ていたのだ。

 だが彼等の前進は突如出現した銀色の壁に阻まれる。

「任せたぞウォール!」

「了解」

 先程巨大な斧を投擲した大柄な騎士──いや、伝承通りに呼ぶならば“天士ギミック”が突撃を阻んだ壁を片手で一枚ずつ持ち上げる。正体はあの馬鹿げたサイズの戦斧。彼の腕ほども太い金属の柄と一体成型された二枚の刃。刃一枚の面積は縦横共に大人の背丈に匹敵する。それを両手で一本ずつ軽々と頭上まで掲げた。武器の重さゆえか彼自身が重いのか、足首までが地面にめり込む。

「な……」

 魔獣達を指揮する“魔獣使い”の面々は呆気にとられ狼達と共に威容を見上げる。これほど現実離れした光景、見入るしかないだろう。

 次の瞬間、彼等は肉片と化した。人のものも狼のものも関係無く細切れになって空中を舞う。高速で振り回された斧によりいっしょくたに破砕された。


 ウォールアクス。

 天遣騎士団一の膂力を誇る天士は柄の部分を除けば“壁”にしか見えない巨大な戦斧を二本同時に、まるで枯れ枝でも振り回すかのように軽々と振るい続け、黙々と敵を挽肉に変えていく。その表情は虚ろで感情らしきものは一つも見当たらない。

 一方、奇襲への対処を彼に任せ先行した面々は一部がまたも立ち止まった。団長の指示である。

「ランサー、サウザンド、反対側の丘も援護してやれ」

「了解」

「了解」


 ──遥か彼方、三kmほど先でも連合軍が配置していた伏兵と帝国の別動隊が接触し戦闘が始まっていた。連合側は自分達が敗北した場合、敵の本隊がオルトランドへ近付くのを待ってあの伏兵を動かし、背後から奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。そうして指揮系統を乱せば多少の時間稼ぎになるし一矢報いることもできる。

 しかし敵の索敵能力を侮っていた。あるいは自軍が一方的に蹂躙される様を見て我慢ができず飛び出してしまったのかもしれない。なんにせよ発見されてしまった。一刻も早い救援が必要である。


「複製」

 サウザンド。そう呼ばれた天士が一本の馬上槍を手に呟くと、彼の周囲に全く同じ形状の槍が十二本現れた。すかさずもう一人の天士が一本を掴み取る。


「目標確認。射出」

 空気の破裂する音。彼によって投擲された馬上槍はウォールアクスが投げた戦斧よりもさらに速く鋭く、一気に上昇し放物線を描きながら三km先の標的に命中した。狼型が一体、串刺しになって地面に縫い留められる。


「ギャン!?」

「なっ、や、槍? 味方か?」

「おいっ! まだ降って来るぞ!?」

 混乱する両軍の頭上へ降り注ぐ槍の雨。しかしそれらは全て連合兵を避け、彼等に襲いかかっていた帝国側の戦力だけを減らしていく。

「なん……なん、だ……?」


 ハイランサー。彼はその名に反し“弓”の能力を持つ天士。その手が触れた物体は全て矢と化し、狙いを付けた標的めがけて正確に射ち放たれる。


 直後、丘を駆け下りた天遣騎士団は主戦場へと斬り込んだ。剣や槍、ごく普通の武器にしか見えないそれらで堅牢なはずの狼型をいとも容易く切り刻み、駆逐していく。全員が人間離れした身体能力を発揮し、そしてそれぞれに固有の異能を有するのだ。


 空から急降下をかけ虫達が襲いかかって来た。だが天士の一人は、その群れに飲み込まれたと思った直後に別の場所へ姿を現す。虫達が襲ったのは彼が見せた幻。

 すると囮に吸い寄せられた敵を一m四方の“箱”が飲み込んだ。次々に出現しては虫達を閉じ込め、地面に落ちる無数の箱。やがて前面についた扉の隙間から透明な液体が漏れ出す。水らしい。中の虫達は溺死させられた。

「アクター、引き続き囮役を頼む」

「了解。始末は任せるマジシャン」


 また別の天士は恐ろしく素早い動きで大蛇の懐に潜り込み、深々と剣を突き刺す。途端に皮膚が泡立ち内部から膨張して爆散する蛇。上にいた帝国兵も巻き込まれ、吹き飛んだ彼のカバンから毒薬が撒き散らされた。悲鳴を上げ身構える連合軍の兵士達。

 ところが何も起きない。不思議に思った彼等が数秒後に瞼を開けると、敵の死体と毒薬は全て凍り付き、透明な氷で覆われて固まっていた。

「フューリー、その調子で頼む!」

「了解」

 団長ブレイブと言葉を交わした彼の背後で、また別の天士が力を使う。

「負傷者の防衛を優先」

 光そのものが帯の形を成し、輪を描き、重傷を負って動けずにいた連合兵達を取り巻く。するとその輪に接触した魔獣はことごとく弾き返された。

 そこへ今度は青白い光のロープが駆け抜ける。こちらは電光。雷と同じエネルギーが光の輪に弾かれて倒れた狼達をことごとく貫き、麻痺させていく。

「安全確保、空中戦に移行。グレイトボウに協力を要請」

「了解。援護する」

 新たな光の帯が空中に出現した。跳躍し、それを足場にする雷撃の天士。帯は弓の弦のごとくしなり、天高く彼を打ち上げる。

 虫の群れに突っ込んだ彼、天士スタンロープは全身から電光を放出した。

「最大出力」

 雷に撃たれ次々に破裂する虫達。再び地上に戻って来た彼が無事着地した時、空中の敵の数は半分にまで減っていた。


「メイディ、ライジング、負傷者の治療を」

「了解」

 団長の指示で二人の天士が兵士達に駆け寄る。一方が手の平をかざすと橙色の光が生じ、瞬く間に怪我を治癒させた。さらにもう一人も若干薄い同色の光輝を周囲に向かって放射する。その光を浴びた者達は疲労が消えていくのを感じた。

「暖かい……」

「まさに神の御力……」

「あ、ありがとうございます!」

 兵士達は次々に感謝の言葉を投げかける。なのに二人の表情は微動だにしない。言葉を理解していないかのように空虚なまま次の怪我人に駆け寄って行く。優しく慈愛に満ちた能力とは対照的な態度に救われた者達は揃って困惑した。


 ──そうして瞬く間に戦場を切り裂き、状況を塗り替えていく天遣騎士団。その強さはまさに圧巻の一語に尽きる。


「ゴアアッ!」

「……」

 熊型が立ち上がり、両腕を振り回す。しかし毒液の塗られた爪を一歩も動かず両手の平だけで受け止める巨漢。流石に敵に比べれば遥かに小柄だが、しかし天遣騎士団の中では最も大きな体躯を滑らかに、液体を思わせる動きで操り、全ての攻撃を防ぎ切る。

 手の平だけが藍色に輝く。彼の力は絶対防御。身体の一部をいかなる矛でも貫くことのできない盾に変える能力。限定的だが圧倒的。武の達人でもある彼の防御を打破するには、それ以上の技をもって挑むしかない。技を知らぬ獣には不可能な話。

「ヴヴァッ!!」

 至近距離から吐きかけられる毒液。それすらも円を描くように動かされた両手が難無く払いのける。何も無いはずなのに、そこに透明な壁があるかのようだ。

 直後、彼の巨体の背後から別の天士が飛び出した。団長ブレイブ。通常より肉厚で幅広に造られた長剣。とはいえ目の前の怪物の巨体を両断できるほどではない。だから跳躍し、首を狙う。

 ブレイブの剣は熊型魔獣の首、その左半分を深く切り裂いた。同時に黒い影が反対側を通過し、残り半分を断ち切る。絶叫する間も無く滑り落ちる巨大な頭。


 戻って来て踏み潰し、止めを刺した黒影へ周囲の注目が集まる。


「なっ……」

「あれも、天士……なのか?」

「……」

 影は漆黒の甲冑を身に着けていた。兜の下から覗く瞳も黒。そして体型は明らかに女性のそれ。他の天士が全て金髪碧眼で白い甲冑に身を包んでいることを考えると疑問に思われるのも仕方ない。

 しかし団長ブレイブは彼女と肩を並べ、朗々とその名を謳う。

「よくやったアイズ! 皆、安心していい! 私は天遣騎士団長ブレイブ! そして彼女は副長のアイズ! もう一人の副長ノウブルと並び、我が団の最高戦力である! 黒い瞳は女神アルトルから賜った至宝! 万里を見通す神眼!」

 彼を挟む形で絶対防御の力を持つ巨漢も並んだ。こちらがノウブル。三人で帝国軍本陣を見据え、宣戦布告を行う。

「カーネライズ帝国よ、心して聞け! 神はこれ以上、汝らの蛮行を許さぬ! 投降するなら慈悲を与えよう! だが、あくまで狂帝ジニヤの意志に従うならば覚悟せよ! ここからは我々が相手になる!」


 三人の後ろに全ての天士が集まって来る。この短時間で広い戦場に散った敵兵力をことごとく駆逐し、勝敗を決した上で集結する。背後に連合軍の兵と聖地オルトランドを庇い、大陸の半分を蹂躙した戦力と真っ向から睨み合う。

 無謀と嗤う者は一人もいない。実際に彼等の力を見せつけられたばかり。しかもここはオルトランド。千年前の戦争でも天遣騎士団が降臨した地。

 彼等は人類の信頼をも短時間で勝ち取った。


「……撤退だ」

 帝国軍指揮官は苦渋の決断を下す。できるなら、ここで討たれてしまいたい。兵士達に投降を促したい。

 だが、そんなことをすれば故郷に残して来た者達がどんな扱いを受けるか。

 結局は戦うしかないのだ。そう思った彼は立て直しのため退却を選んだ。たしかに天士を名乗る者達は強い。今の戦力では勝てない。

 今は、まだ──


(あの男なら使徒すら屠るかもしれん……)


 帝国にはそう思わせる男がいる。皇帝ジニヤに重用され、魔獣を現代に蘇らせるという最悪の偉業を成し遂げた稀代の錬金術師。

 彼の存在もまた、彼に戦から逃げ出すことを選ばせなかった。

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