虹の調

若菜紫

第1話 虹の調

『虹の調』


キバナコスモスが躍るよ

レモンブライトというらしいね

青い空はもう高いけれど

蝉時雨が残っている


パレードミックスの丘だよ

色とりどりのコスモス

揺れて揺れて歌うよ

誕生日おめでとう


コスモスは弱く

強い花


赤 橙 黄 薄紅 白

緑の草木と

空の青に囲まれた虹の花園で

私も歌を歌おう

あなたたちこそおめでとう


嵐の中に萌え出づる

虹の調に応えて



『白い彼岸花よ』


奏でておくれ

白い彼岸花よ

遥かな刻の岸辺を流れる

その調を


すずろに

鈴虫

涼しげに


黄泉を咲くのは

彼岸花


果てることのない町の闇を

チリチリチリチリ

闇路へと誘う

逃れ得ぬ秋の声


想い出づる情景を

振り払い


燦然と


数十年前

この世に生を受けた瞬間

忘却の河を飛翔したかのように

この街角で

その人と


届けておくれ

音なく花の開き初める

その調を

唇を貪り合うごとに

胸乳を爪弾かれるたびごとに

この身のうちに咲き出で

咲き誇り

白い輝きを放つ虹となり

闇を満たす

私の中の

彼岸花よ



『もしも嵐がなかったら』


もしも嵐が

自転車ほどの速度で日本列島に居座り

皆の予定を狂わせ

皆の行動を制限したこの台風がなかったら

モノレールの駅に降り立ち

白亜のエントランスに佇みながら見上げた空は

あなたの想いのように深かったろう


もしも嵐が

一時間おきの天気予報さえ混乱させ

数分ごとにスマートフォンの検索アプリに手を伸ばさせ

ラインでのメッセージ送信を遅らせたこの台風がなかったら

運河沿いの遊歩道で見上げた夜空には

二人の想い出に負けぬ数の星が浮かんだだろう


星の光

明るさを示す単位で呼び表される星

一等星

二等星

三等星

人と人との繋がり

関係性を示す言葉で呼び表される

二人の時間

知り合い

親しい先輩後輩


恋人

お互いを呼ぶまでの年月

二つの人生は

嵐に隔てられ

なんていうのはありふれた表現だ

けれど


指と指とを絡め

飲食店やギャラリーの立ち並ぶ道を歩く

お互いに向かって吹き付ける

雨や海風を

傘で避けながら


そうだね

この嵐がなかったら

こんなに嬉しいことはなかったね

あなたの傘が雨風を

二人の空間から閉め出してくれる


荒れながら倉庫の灯を映す波が

晩夏から初秋の霧に包まれ

驚くほど煌めいて


『夏の花が』


秋雨に濡れている

ペンタスに

ランタナに

目を留めながら

買い物袋を肩に掛け

足早に歩く

夏に咲くこれらの花々

その名さえ知らなかった

あの日の昼下りを想い起こしながら


ふと

虹が空に架かった

ような気がした


夏の名残の夕立が

次に逢える時を忘れさせ

道端の花々に降り注いだ日

自宅のベッドに横たわって

意味も分からぬまま

いつの間にか流していた涙を

子どもに見咎められた

あの日


私たちにとって

ペンタスが

ランタナが

名もない花だった頃を

夏も終わりかけた午後を

あなたは覚えているだろうか


『宝来橋』


宝来橋の上で

流れる目黒川を見下ろしながら

私は一人でお茶を飲む

清々しいジャスミンの香りが

乾いた身体の隅々にまで滲み渡り

夏の記憶を呼び覚ます


時が流れ

季節が流れても二人はこのまま


流れる川沿いを歩きながら

あなたにメールを打とうと思い

スマートフォンを取り出す

剣道にまつわる報告をしたくても

気の利いた語句を捻り出すことができず

画面を閉じる


時が流れ

季節が流れても二人はこのまま


稽古帰りに待ち合わせてこの道を散歩した

何の疑いもなく抱擁を交わすようになったのは出会いからおよそ二十年後の昨年

昇級審査を受ける話をしたかしなかったか

「疲れたらこれで肌を潤して」

と連れて行ってくれたスキンケア用品の洒落た店内にも

ジャスミンの香りが漂っていた


時が流れ

季節が流れても二人はこのまま


一陣の風が吹き

周りがゆっくりとうごめき

時が止まったかのように感じる

そんな

ありふれた描写のような

格好良いものではない


時が流れ

季節が流れても二人はこのまま


「4級に昇級」

師の声が道場の空気を震わせた今朝

無我夢中で元太刀に打ち込んだ竹刀を

未だ残る無様な慌てぶりとともに収め

相手と神前に礼をする

成し遂げたとも成し遂げなかったともつかぬ終息感を脇に置き

心を馳せるのは報告を待っているであろう恋人との長い絆


時が流れ

季節が流れても二人はこのまま


『アネモネを無意識に』


無意識に放っておいた

アネモネの球根

その球根が芽吹きはじめた


無意識に離れていた

親しい人

その人が

二十年後に恋人となり

初めて迎える雪の朝

育てたプランターごと

大切に抱えて届けてくれた

アネモネの球根が


無意識に歩き回っていたら

駅ビルの洋菓子店で

再び見つけた

アネモネのティーカップ


無意識に

土の中に埋めたきりだった

大好きな花が描かれている

この

ティーカップを

今度こそ

ふらっと買って

私も自分用にこっそり買って


大好きな人に贈ろう


『ハイビスカスはアネモネは』


ハイビスカスは


赤や黄色をした

南の花です


私はこの花を好きで

育てていたこともあります


新しい恋

という花言葉を持っています


私はかつて親しかった人と長い年月の後に再会し

今恋をしています


花を乾燥させてお湯を注ぐと

赤い色をしたハーブティーになります


私はカフェに行くと

かなりの高確率でこの飲み物を注文します


ハイビスカスのティーバッグが駅ビルで

アネモネの柄が描かれたカップと共に売られています


私はアネモネも好きで

育てて贈ってほしいと恋人にお願いしました


アネモネは


赤や紫色をした春の花

ヴィーナスとアドニスの儚い恋から生まれたという悲しい花


その花を贈ってほしいという私の頼みに

恋人は気の進まない様子でした


見棄てられた恋

とい花言葉を持つのですから


しかし優しい彼は私の望みを聞いて

育てたプランターごと届けてくれたのです


復活を象徴する花らしく

今年も私の庭で芽吹き始めました


埋もれていたアネモネの球根

埋もれていたかつての恋


ハイビスカスはお茶となって

アネモネ柄のカップに注がれ


アネモネはカップに描かれ

お茶となったハイビスカスをなみなみと湛え


昔の恋が

新しい恋に生まれ変わった記念の日


お揃いのカップで飲むお茶は

それぞれどんな香りをしているのでしょう


『観覧車とは』


観覧車とは

眺めるためのもの

誰かと一緒に

乗るためのものではない


東急東横線の桜木町駅

電車は速度を落とし

ホームの大きなガラス窓には

虹色にライトアップされた観覧車が現れる

教科書や部活の道具を入れた鞄

それを重そうに提げた少女が降り立つ

駅ビルに立ち寄り

本や雑貨を見て歩き

しばしの休息


家まで二時間はかかるのだから

観覧車には乗れない


影すら見えない恋人たち

観覧車の中で寄り添っているであろう

見知らぬ二人の姿を

ぼんやりと思い浮かべるだけ


それから

電鉄が直通運転を始めて十年余り

みなとみらい駅のホテル

外に出ると

あの日の観覧車が現れる

学校の教科書を入れた学生鞄の代わりに

化粧品や着替えを入れたトートバック

それを持つ男性を頼もしげに見上げ

指を絡め

ロビーへと寄り添って


明日は早く帰らなければならないのだから


それまでにレストランに行って

クリスマスマーケットを楽しんで

ツリーやイルミネーションを眺めて


部屋で愛し合い

疲れ切って寝入って

その間に遊園地は閉園時間を迎えるだろうから


観覧車には乗れない

けれど


観覧車とは

眺めるためのもの

そう

誰かと一緒に


『秋薔薇は儚く』


「秋薔薇は咲きづらいもの。寒さに耐えかね、蕾のまま落花することも稀ではない」

その人は言いました

そして贈ってくれました

花を贈られて喜んでいた私を

花の少ないこの季節

決して淋しがらせまいと


秋の薔薇を

世界に一つしかない薔薇を

銀杏の葉で作られた

黄色に眩く輝く薔薇を


その薔薇を大切に携え

彼に手を取られて

由緒ある大國魂神社の

お酉さまへと向かった私は


罰を受けたのです


ヒュブリス


神道では

何と呼び表されるのか知らないけれど


「38℃。Kくんのことだよ。」


突然のメールに

二人の夜は途切れました


子どもの看病に明け暮れ

再び薔薇を愛でたのも束の間

花は枯れ果てました


秋の薔薇を

世界に一つしかない薔薇を

銀杏の葉で作られた

黄色に眩く輝く薔薇を


神への捧げ物とすることを拒んだ

その罪が

神の怒りに触れたのでしょうか

愛の想い出を

信仰に優るものと

大切に温めようとした試みが


「秋薔薇は咲きづらいもの。寒さに耐えかね、蕾のまま落花することも稀ではない」

その人は言いました


そうです


晩秋の風は

花のみならず

人の身体を蝕むのですから


『恋人はイルミネーション』


《恋人はイルミネーション》という歌がある

クリスマスシーズン

街のイルミネーションを見に行きたくなるが

混み合っていることが難点だ

灯りを眺め

傍らの恋人と

ゆっくり過ごそうにも

人の頭が気になって落ち着かない

イルミネーションを独り占めできたら

そう

恋人その人のように

そんな願望が生み出した

ひと昔前の歌


恋人を独り占めするには

二人きりになれる部屋が必要だ

輝く夜景を望む大きな窓と

上で抱き合っても

どちらかが落下してしまうのではないか

そんな心配とは無縁のベッドと

明るすぎず暗すぎないよう

調節可能な照明

洒落た家具


そんな諸々を備えた部屋が


二人きりの部屋に入るためには

考え抜かれたデートプラン必要だ

クリスマスツリー好きの恋人のために

クリスマスツリーを幾つも巡る

天然の木を活かした

江戸切子を模して紙細工で作られた

ひと昔前の照明

砂糖菓子を思わせる

色とりどりの白熱灯と

綿雪のコンビネーションで飾られた


幾つものクリスマスツリー


幾つものクリスマスツリーを巡るには

長い道のりを歩くことが必要だ

雨が正面から吹きつけ

二人の傘を折りそうになっても

心まで折られないよう

自分たちを

自分たちに結びつけたまま

人影もない道で震えながら

時に青く

時に金色をしたイルミネーション

街路樹を覆い

無数に輝くパリスの林檎を

うっとりと見つめ


だから


恋人を独り占めするには

イルミネーションを二人占めすることが必要だ


この季節が終わっても

恋人が消えてしまわないように

恋人の手を自分の手に

繋いだままで


なぜって

《恋人はイルミネーション》

だから


*この詩は、松任谷由実恋人はサンタクロースのタイトルに着想を得たものです。


『見て、夜明けがこんなにも』


「見て、夜明けがこんなにも」

群青色を

薔薇色と金色の水平線が

薄青く溶いてゆく

アウローラの翼に染まる

水彩画のような

トリトンの王国

こんな海を目の当たりにしても

芝居がかった台詞を言えるわけでもない

二人で眺めるのさえ

当たり前になって久しい夜明け


昨夜

テーマパークで光のショーを観た

イタリアを模した街の壁一面に

人気アニメ映画に登場する

ロマンチックな恋愛の場面が

水上から

まるで走馬灯のように映し出された


煌めき交差する光と闇

いかにも存在を主張する光の壁画

王子や王女

妖精や人魚の

白い顔

大きな星を湛えた瞳

閃光から闇へと目を逸せば

黒い顔に

白目

申し分なく作られていた美しさが

ネガフィルムさながらに反転する


再びめぐり逢い

この

想い出の場所に辿り着いたのは

ちょうど一年前のこと


辿り着くまでの日々を

こんな光の反転に思い

光の隙間に出現する

一瞬の闇に紛れて

彼の手を握った


光が

尚更眩く

所詮は人工の光だ

けれど

永い闇を知った後は

尚更眩く


一回一回が新たな

光の閃きと

こんなにも美しい

夜明け


『ビーズの首飾りが』


部屋に置かれた箪笥

引き出しを

最後に開けたのはいつでしょう

そこには

色とりどりのビーズ

星や花をかたどったビーズ

そんなものをつなぎ合わせて作られた

小さな首飾りがあるでしょう


埃を被って

色褪せて

初めて見たら

私だって

見向きもしないはずだ

けれど


「大切なの。私の宝物。」


そう言う私を彼は

相変わらず子供っぽいと

困ったように笑うでしょう


目には見えないビーズの首飾りをめぐる

小さな物語です


『それぞれの想い出』


見知らぬ街の

澄んだ川のほとりに

白い角封筒


なぜだか知らぬが

拾わずに


なぜだか知らぬが

拾えずに


心に仕舞った角封筒


澱みなく小川は流れ

初秋の光は

水底の岩に

透きとおった影となり


記憶はみんな

夢のこと


けれど


走って戻って

角封筒をポケットに入れた

あの人と

指を絡めている今も

澄んだ川の流れる街が

見慣れた街になった今も

あの日の少女は


手紙のことを

尋ねません


鞄の中も

見せません


『写らないものたちへ』


「あれは海なの?」

「そう。」

江ノ島から路面電車に乗り

右手の窓をのぞき込む

夜も遅いからか

鎌倉から乗り込んだ時より

乗客は遥かに少なく

ようやく海側を望む席には座れたものの

見えるのは

そして

闇と闇との境を縁取る灯り


「楽しい素敵な時間でした。ありがとう。」

帰宅後に私が送るであろうメールの文面に

当然書かれるであろう今日の出来事を

ちらりと思い浮かべる

思い浮かんだ出来事が

灯りの列に重なる


数時間前

江ノ島のシーキャンドルを訪れた

きらびやかにライトアップされた光の海

写真を何枚も撮影し

恋人の丘に登り

龍恋の鐘を鳴らした


一年半近くも前になるのか

初めての旅

橋を渡る私の目を射た

銀色にぎらつく

海からの照り返し

石段を上がる二人に

拭いきれぬほどの汗をもたらしていた

夏の終わりの太陽


軽やかに心地よい響きが

夜を駈け抜ける


「鐘があんまり写っていないなあ。」

「まあ、ここにうっすら。」

鐘と夜の海を背景に

自撮り機能で写した二人の写真

黒一色の濃淡だけがそこにある

黒い空

黒い海

黒い二人の姿

そして

透明な響きを放ち

彼方へと運んでいった

黒い鐘


灯りを浮かばせる海

ほとんど黒い物体としか見えぬ鐘


写らないものたちへの言葉を

いつ伝えよう


『独りで』


ホテルの窓辺に寄り

グラスを傾ける時間が好きだ

彼が寝入ったのを確かめてから

ベッドを抜け出し

夜明けの抱擁を想い描いて

髪を洗い

肌の手入れをする

洗い髪を背に流したまま

備え付けのあるいは

持ってきたグラスに

二人で買ったビールあるいは

彼が持ってきたウイスキーを

音がしないよう気をつけながら

静かに注ぐ

恋人のいる空間における

自分独りの時間


坂道を下りながら

夕焼けを見上げる時間が好きだ

彼と別れ

振り返り

見送られながら背を向けた四ツ辻

数時間前に上がってきた坂道を

反対の方向に

ワンピースとハイヒールから着替え

買い物袋を下げて

一見していつもと変わらぬ景色に溶ける

次第に

赤々と染まりゆく空

次第に

燃えさかる私の残り火

恋人のいた空間で彼を想う

自分独りの時間



『再び』


《バック・トゥ・ザ・フューチャー》

という

三部作構成のSF映画がある

《バック・トゥ・ザ・フューチャー2》

において

両親の学生時代へと

再びタイムスリップした主人公は

第一シリーズで

初めてその時代を訪れていた

自分自身の姿を見つける

時間的な異邦人でありながら

確かに過去の人物として存在した

自分自身の姿を

映画における空間を考察した本の中で

述べられていることの概要

「第二シリーズを観た観客にとって、第一シリーズにおける主人公とはもはや、第二シリーズにおける主人公から眺められる存在である。」


W

という

大きな学生街がある

ある男性が

別れていた間も好きな女性を想い

本を読み学問に励んだ街

十数年後

女性と再会し恋人となった彼は

彼女を連れてこの街を訪れる

白躑躅の咲き乱れる雨の小路

神田川の水嵩は増していたが

激しい愛の交歓が

二人を隔てていた時の川を越える

再び一年後にこの街で彼らは愛し合う

梅の咲き匂う晴れた日

彼らにとってWとは

長い別離を経た再会の後

共に訪れた街である


『花盗人』


花を摘みたい

そう願い

男は花を育てた


育てた花を摘んで

束にまとめ

女に届けた


花を摘みたい

そう願い

男は女の手を引いた


木陰で愛を確かめる日々

を重ね

やがて

男は思いを叶えた


男の住む家の庭に咲きいでた花は

咲くやいなや摘み取られ

女の手に収まった


「お花が好きなの」

男がピンクの薔薇に喩えた笑顔を見せ

女は花を受け取る


赤や薄紅色の

豊かに咲き乱れる

山茶花のトンネル


見事なまでに

おとぎ話仕様の

舞台装置

見とれる二人


写真を撮りたくて

でも


安易に写すことさえ

躊躇われる美しさで


写さねば

何故か悔いが残りそうだが


女はスマートフォンを出さぬまま

そこを通り過ぎ


ああ

今日は交際二年の記念日前日


写真を奪った

という

美しき盗人よ


『あふれる花の彼方に』


あふれる花の彼方に

街角がある

見慣れた街の

ありふれた風景がある


街路に桜があふれているであろう

晴れた日の朝に

早くから起きることは

苦にならない


買い物ついでに遠回りをして

緑道で満開の桜を

スマートフォンのカメラにおさめる

あふれる花の彼方に沈む風景を

さりげなく取り込みながら


お弁当を作ろう

という約束を

初めてした

線路下の四つ角

滑稽なほど偶然にも

唐揚げ専門店の看板が目立つ


デートの帰り

運ぶのを手伝うから重いものを買えば良い

という

彼の提案に甘えて入った量販店


公園へと続く緑道も

初めてのキスを思い出しながら

ズーム機能で写す


ありふれた風景の中にあふれる

花のような時間


あふれる花の彼方に

夜がある

目覚めるのがつらい

ありふれた夜がある


一旦眠りについてから

起き上がるのは苦痛だ

身体は動かず

あれこれ考えて眠れなくなる


恋人からのメールが届いているだろうか

という予感も

連絡をしそびれていた

という気がかりも

私をベッドから引き離すことは

到底できない


昨年届けてもらったアネモネは

玄関外の階段下で

濃い紫色の蕾を膨らませ

また新たに蕾をつけているだろう


ハゴロモジャスミンは

雨を充分に吸っただろうか

白い花を咲かせるには

どれほどの水加減が良いだろうか


先日贈られた

水仙にレンギョウ

ムスカリが

大理石の上で

花瓶と

ガラスの空き瓶に

夜の空気を艶めかせて


わざわざ

起きよう

とも思わないが

いつになく

ほんの気まぐれに

ベッドから起き出し


届いていたメールや詩や

贈られた花のあふれる

夜に

身を委ねてみる


苦手な夜を彩り

花のあふれる世界

その彼方にあるものを

静かに感じることができるのだ

ただ

確かめるために
































































































































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虹の調 若菜紫 @violettarei

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