第17話 裾とトップラインの間には

 その日の帰り。

 年洋はいつものように、佐里さんと帰宅。今日天気は曇なので、佐里さんも通常に近い状態だ。

 なので、年洋は意を決する。

「あの……佐里さん」

「なに?」

 少ししおれた声。凜としたいつもの佐里さんの声では無い。見た目は普通でも、やはり元気が無いのだ。

(なんとかしたい)

 その気持ちが、年洋を突き動かした。

「あの、今度の土曜、予定、有りますか?」

 勇気は振り絞ったものの、かなり恐る恐る訊く。

「特に……無いかな? なんで?」

「お、俺と、動植物園に、行きませんか!」

 まだ恐いが、頑張って言い切った。異性を誘うなんて、年洋の人生で初めての体験である。もう言ってしまった以上、後戻りは出来ない。

「動植物園?」

「は、はい。二回目に家に行った時、部屋で本の整理をしたじゃないですか」

「うん。頼んだね」

「あの時、動物や植物の図鑑が有ったから、そういうの好きなのかな、と思って」

「うーん……」

 少し間が空く。

(やっぱダメか……ダメだよな)

 と諦めモードに入る年洋。

 だが、

「――うん。いいよ」

「そっかダメ……ぅえっ? いいの!?」

 まさかの答えに、思わず変な声が出てしまった。

「いいよ。こっちで動物園行った事無いし、誘うって事は動物園詳しいんでしょ」

「ま、まぁ……」

 知ってるのは知っているが、行ったのは小学生の時が最後。そこから何年も行ってない。

 まぁ、今なら事前にある程度は情報を入れられる。ネット上に園内マップが有るのは、確認済みだ。事前の情報が有るのと無いのとでは、全然違う。

「嬉しい。でも、今週末って……というかしばらく」

「え?」


 そして日は流れて土曜日。

 今日も雨だった。

 誘ったあとに週間予報で見たら、しばらく雨だった。梅雨の週間予報は当たりにくいので外れないか期待したが、こんな時に限って外れなかった。ただ、今日は一日中降らずに晴れていく方向らしい。降るよりは、止んでくれた方がいい。なるべく早めに。

 年洋は諦めて準備をしていると、母ちゃんがニヤニヤと見ていた。

「なに? デート? どっちと? キレイな子? かわいい子?」

「佐里さんとだけど、デートじゃないよ」

「あのキレイな子と動物園だなんて、どう見ても動物園デートでしょ! ずいぶんと積極的じゃない? あの子に決めたの?」

「だから違うって!」


 その後、年洋は家を出た。ああ言われると、そんなつもりでは無いのに、やっぱり妙に意識してしまう。

 頬をグーで殴って、一旦忘れる事にした。

 佐里さんの家に行くと、日花さんが出迎えてくれた。相変わらずキレイな人だ。

「佐里でしょ? ちょっと待っててね」

 と言うと、日花さんは奥に引っ込んだ。

 本当の事を言えば、日花さんと動物園に行きたい。

 でも、今日は佐里さんの為に出かける。一旦、日花さんの事は忘れよう。

 しばらくすると、佐里さんが出てきた。

 トップスはカフェオレカラーなボウタイのノースリーブフリルブラウス。ボトムスはスカイブルーのロング丈シフォンスカート。足元は歩きやすいスニーカーだった。これは事前に「靴は歩きやすいもので」と佐里さんに言っておいた。動物園だから、以外に理由が有る。

 それにしても、スニーカーソックスを履いているのか、くるぶしが丸見えになっている。スカートとスニーカーに挟まれて足首周りが見えているの、なんだかいい。なんだ、この素敵空間。これは新しい世界に目覚めそうだ。

「おまたせ」

「……」

 年洋は佐里さんに見とれてしまった。私服姿を見たのは、当然初めてではない。何度も見ている。

 しかし、今日はなんだかいつもと雰囲気が違って見えたのだ。

「? どうしたの?」

 固まっている年洋を見て、佐里さんは変だと思ったのだろう。

「その……キレイだと思って……」

 無意識に、年洋はそんな言葉を発していた。

「え?」

 と、驚いた表情の佐里さん。それを見て、年洋は我に返った。

「な、なんでもない。行こっか」

「う、うん」

 この時の佐里さんとは、なぜかいつもよりも距離感を感じた。

 それは変な言葉を発したせいか、恥ずかしさからか、どちらかは分からない。

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