第15話 蘇我と君津あいだに

「お姉ちゃん? って佐里さん?」

 年洋も座りながら、言う。

 亜優ちゃんがお姉ちゃんと呼ぶ人物は、他には思い当たらない。日花さんは年洋がお姉さんと呼んでいたが、亜優ちゃんはママと呼ぶ。

「はい。ぼくたちがこっちに引っ越してきたのは、お姉ちゃんのためなんですよ」

「え?」

 それは知らなかった。転校なんて、大体親の都合が多いが。

「これ言っちゃっても……言わないと分かんないか」

 何か言いにくい事だろうか。そうなんだろうな。

「あの……ぼくたちが向こうにいる時です。梅雨の時期に、パパは雨の日に事故にあって死んじゃったんです」

「あっ……」

 いつも日花さんの旦那さんに会わないなと思っていたが、会わなかったんじゃない。

 会えなかったんだ。

 この世にいないのだから、会えるはずが無い。

「その後もお姉ちゃんは現場でぼーっと立っていたり、時にはふらふらと車の前に出てパパと同じように轢かれようとしたりで、だんだん壊れていくお姉ちゃんを見るのが、ぼくもママも耐えられませんでした」

(佐里さんがそうなって行くのを見たら、俺でも耐えられない)

 年洋は思う。

「なので環境をリセットして完全に新しくしようと、千キロ以上離れたこの地へ引っ越してきたんです。こっちなら全て一から始まりますからね。転生レベルですよ」

 転生では無いが、佐里さんたちが中途半端な時期に転校してきた理由である。

「こっちへ来てからお姉ちゃんも落ち着いてきたと思いましたが、一番変わったのは先輩と出会ってからです」

「俺と?」

 意外である。

「はい。最初は『すぐ近所にクラスの人が住んでた』って話から始まって、次第に『いい人』とか『優しい人』とか、先輩の評価は爆上がりでした」

 それは嬉しい。なんだか照れる。

「お菓子作りもしばらくしてなかったのに、先輩のためにまた始めたんですよ」

 あのシュークリームか。あれはおいしかった。

「お姉ちゃんを救えるのは先輩だけです。お姉ちゃんを助けてください」

「助けるって、どうやって」

「もっとお姉ちゃんと楽しいお付き合いをしてください! お姉ちゃんを救えるのは、先輩だけです。もし先輩がぼくに告白してきたとしても、フッてお姉ちゃんとくっ付けます。お姉ちゃんのためなら、ぼくはなんでもします!」

 ああ、亜優ちゃんは自己評価が低いんじゃなくて、佐里さんとくっ付けようとしてたんだな。だから、亜優ちゃんの事を言うと「お姉ちゃんの方が」と……。

「だから先輩」

 亜優ちゃんは小さな手で年洋の手を握ってきた。ホントに小さい。逆に年洋が握れば、握り潰してしまいそうだ。

「お姉ちゃんを助けてください」

 亜優ちゃんはもう一度言って、じっと見てくる。年洋の目をじっと、じっと見てくる。

 そのかわいらしい顔は、真剣そのもの。

 これは期待に応えないといけないだろう。断る事はできない。

「分かった。やれるだけやってみるよ」

「さっすが、先輩です!!」

「わっ!」

 亜優ちゃんが急に首に手を回して抱きついてきたので、年洋はバランスを崩して床に倒れてしまった。

「いてて……」

「大丈夫ですかぁ? 先輩」

 倒れる時、とっさに目を閉じた年洋は、今何も見えない。お腹周りになにやら柔らかいものを感じる。

 ゆっくりと目を開けると、亜優ちゃんがお腹の上にまたがっていた。

「っ……」

 年洋は何か言おうとしたが、状況に驚いて言葉が出ない。

 年洋が口をパクパクさせていると、

「ねぇ、せんぱぁい」

 亜優ちゃんが吐息多めの甘い声で耳を刺激してくる。

 いつもと違う雰囲気。

 亜優ちゃんは目がトロンとした状態で、年洋を見下ろしていた。

 お腹周りで感じる肌の温もりと相まって、年洋は鼓動が早まっていくのが、ハッキリと分かる。

「あの、さっき『告白してきたらフッちゃいます』と言っちゃいましたが、実はぼくのことが好きだったりしますかぁ?」

 普通だったら訊きにくいことを、なんてサラッとストレートに訊いてくるんだ! 

 しかも回答に困る、答えにくい質問を。

「ぇ……ぁ……」

 年洋は言葉に詰まって何も出てこない。

「答えに困るってことは、ぼくも少しは希望を持ってもいいんですかぁ?」

 年洋は何も答えられなかった。

「ぼくは――」

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