第11話 みんなが塩里さん
しばらくして、塩里さんはお盆を持って帰ってきた。
そのお盆の上には、シュークリームとコーヒーが乗っている。
「休憩の時に……と思って作ってたんだけど……」
「え? コーヒーを種から栽培?」
「先輩、ナイスボケでーす!」
なお、コーヒーノキは自宅で栽培も出来るが、実を付けるようになるまでは数年かかるそうだ。
塩里さんが用意したのは、大きめなシュークリームと、それに合う豆を挽いて淹れたコーヒー。シュークリームは皮が固めでパリッとしていて、中のクリームは味が濃いのにしつこくない。
下のリビングダイニングキッチンでしていた甘い香りの正体は、お姉さんではなくシュークリームだったのだ。ちょっとはお姉さんの甘い香りも混じってたのかもしれないけれど。
「おいしい……。塩里さん、プロ?」
「プロじゃないよ、さすがに」
「お姉ちゃん、なんでも作れるからね。お菓子もよくつくってたし」
「何んでも、は無理かな? シュークリームは何回か作ってるから、今回作ったの。久々だから自信は無いんだけど……」
「お姉ちゃんのシュークリーム、すっごくおいしいから好き!」
「亜優ちゃんが言うのも分かるな。おなかいっぱい食べたい」
「でしょ? 先輩」
「おなかいっぱい食べたら、勉強が捗らなくなる、かな?」
塩里さんの言葉で思い出したけど、今日は試験勉強に来ていたのだった。忘れるところだったよ。
休憩の後も勉強を続けた。いい感じに進んだと思う。
勉強に集中していたら、もう夕方になっていた。年洋は自宅へ帰る事にした。
「今日、勉強すごく進んだ気がする。ありがとう、東豊くん」
「いや、俺も進んだから、塩里さんのおかげですよ」
一階に降りると、お姉さんが起きてソファーに座っていた。
「あら、お友達って男の子だったのぉ?」
お姉さんのおっとりとした柔らかな声が、耳を撫でる。すごく心地よい。
「恥ずかしいところ、見られちゃったかなぁ?」
「いいえ、かわいいところを見てしまいました」
「それはそれで恥ずかしい……」
もじもじするお姉さん、かわいい。さらに、かわいいところを見てしまった気がする。
「ママ、すっごい寝てた」
「うん。お母さん起こしたけど、起きなかった」
「ごめんねぇ」
この三人、仲は良好なようだ。それはいい事だ。
「あ、そうだ。お母さん、こっちははす向かいに住む東豊くん」
「娘たちがお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」
お姉さんが深く頭を下げるので、年洋も釣られて深く下げてしまった。
「母の
母とハッキリ言った。やはり塩里さんのお母さんなのか……。こんなにキレイでかわいいお姉さんが人妻……旦那さんが羨ましい。
少し気分が落ち込んだところで帰ろうとしたが、持ってきた教科書類を部屋に忘れた事に気づいた。
「あ、塩里さん」
「はい」
「はぁい」
塩里さんだけでなく、お姉さんまで返事した。
そうか。塩里は名字なんだから、みんな塩里さんだ。
「分かりづらいなら、ぼくを呼ぶ時みたいにママやお姉ちゃんを名前で呼べばいいのに」
亜優ちゃんがとんでもない一言をぶち込んできた。
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