第9話 わき役
土曜日。
今日は午後から塩里さんの家で勉強会である。
思えば、いつもは学校帰りに塩里さんの家に寄っていたので、私服で行くのは初めてだ。
お姉さんがいるかもしれないから正装と、キチンとしたモーニングやスーツで行くという訳にはいかない。
かといって、紳士の正装であるネクタイオンリーも、塩里さんの家の前までは通報されずに行けるかもしれないが、家の中には入れてくれないかもしれない。
結局はおかしくない程度の服装にして、鏡でチェックする。
鏡の端に、ニヤニヤと見ている母ちゃんの姿が映っているのが見えた。
「年洋ぉ、これからデート? そんなにおめかししちゃってぇ」
「違うよ。塩里さんの家で試験勉強だよ」
「あら、あのキレイな子? やるじゃない。それってもう、おうちデートでしょ」
「だから違うって!」
その後、家を出た年洋。母ちゃんにああ言われると、逆に意識してしまう。
年洋は足を止めて両頬を叩き、一旦忘れる事にした。
数歩歩いて塩里さん家のインターホンを押すと、塩里さんと亜優ちゃんが出てきた。
「こんにちは、東豊くん」
「いらっしゃい! 先輩」
塩里さんはスカイブルーのワンピース。落ち着いた感じのあるコーデが、塩里さんによく似合う。
亜優ちゃんは
「お姉ちゃん、朝から気合い入れてたから、先輩も楽しみにしてて下さもぐぉ」
「ちょっ、亜優」
塩里さんが途中で亜優ちゃんの口を手で塞いだが、殆ど言ってしまったような気がする。
何を気合い入れたのだろうか。少し気になるが、そのうち答は分かるだろう。
「とりあえず、入って」
「おじゃまします」
塩里さんの家に来るのは、八日ぶり三回目。今週は塩里さんが帰りに買い物をしても、亜優ちゃんがいたので入ることは無かった。
久しぶりに来た塩里さんの家は、何も変化が無かった。一週間ほどで変化有ったら、逆に怖いが。
勉強は二階に有る塩里さんの部屋でする事になっている。塩里さんの部屋は本の整理で一回行った事が有り、リビングダイニングキッチンに有る階段から二階へ行くのは覚えている。
そして廊下を進んでリビングダイニングキッチンへ入った時、年洋の目にとてつもないモノが飛び込んできた。
ソファーで静かな寝息を立てているお姉さんの姿が。
「ごめんね、東豊くん。お母さん、疲れてるのかここで寝ちゃってて。一度寝るとなかなか起きないから……」
むしろ、寝ててくれたから会えたのかもしれない。
ありがとう。
そんなお姉さんはノースリーブのギャザーブラウスとライラックカラーのマキシスカートという姿で、右腕を上げているので腋が丸見えになっていた。
もう一度言おう。腋が丸見えになっていた。
リビングダイニングキッチンで微かに漂う甘い香りの正体は、お姉さんからなのだろうか。ひょっとして、腋から!?
ブラウスのひだが描く大きな曲線なんて目に入らない。年洋の目の前には、お姉さんの柔らかそうな腋が有るのだ。
状況が許されるのであれば、この指を――
(この指を腋の泉に溺れさせたい)
そんな欲が湧き出てくるのである。
「あの……東豊くん」
塩里さんの声で、年洋は現実世界に戻ってきた。
「いくら寝てるからって、お母さんの胸をガン見するのは……」
塩里さんは少し恥ずかしそうに、小声で言う。
「いや、おっぱいを見てた訳じゃないよ」
これは本当。
「寝顔がかわいいな、と」
これは今見た感想。
そのお姉さんの寝顔は、無防備と言える。安心しているのだろう。
「ひょっとして、塩里さんもこんな寝顔なのかなぁ、って思って」
塩里さんはお姉さんに似ている。きっと寝顔も似ているに違いない。
それを聞いた塩里さんは黙って少し足早で先に進み、階段を登っていった。
「塩里さーん?」
年洋は残されてしまった。すぐに追いかける。
(変に思われないように素直な感想を言ってしまったけど、失敗したかな?)
と階段を登りながら思ったが、
「あれぇー? お姉ちゃん、すっごく顔赤いよぉ? どしたの?」
先に二階に上がっていた亜優ちゃんの声が聞こえてきた。
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