第3話 近付く転校生
塩里さんと一緒に帰る事になった年洋。確かに帰り道はほぼ同じなので、一緒に帰っても別々に帰っても、同じような物だ。むしろ塩里さんの後ろをつけて行ったら、危ない人になってしまう。不審者になるぐらいなら、一緒に帰る方がいい。
しかし、年洋はこういう経験が皆無だった。塩里さんとは、かなり緊張の帰宅になる。
「ああ、あの……しし塩里さん」
ロボットダンスな動き、までとは行かないが、ガチガチなのは自分でも分かってる。喋り方まで変だ。おにぎりが欲しいんだなと思われたら、どうしよう。
「なに?」
塩里さんの凛とした中にも柔らかさの有る声が耳に飛び込んできた。近所の人という事で、少し心を許したのだろうか。でも、近所の人だからって、すぐ心を許すかな?
そんな事は考えず、質問をぶつけてみる事にした。
「塩里さんって、千葉から引っ越してきたんですよね?」
「そうね」
「千葉のどこですか?」
「
「袖ケ浦……」
そんなナンバーの車を見た事が有る。千葉だったのか。
「袖ケ浦って、何が有るんですか?」
「んー……東京ドイツ村?」
「それ、千葉なんですか? 東京なんですか? ドイツなんですか?」
「全部だよ」
千葉県の東京ドイツ村でDAPUMPのUSAを流したチャイナランタンフェスティバルは、伝説のイベントとして語り継がれている。
その後も塩里さんと話で盛り上がった。
塩里さんは家の都合でこちらへ引っ越してきたそうだ。
部活には入らない予定だという。「忙しいから」としか言わなかった。
こっちは初めてなので、探索して色々知りたい、らしい。
こうして、少しずつ塩里さんの情報が集まっていく。これらは塩里さんだけの情報ではない。お姉さんに共通する情報も有る。
情報が集まってきて、
(打ち解けてきたかな?)
と思ったところで、
「あの、塩里さん」
ずっと気になっていた一番の疑問をぶつけようと思う。
「なんで、俺と帰ろうとしたんですか?」
同じクラスではあるが、親しい訳ではない。近所なのが分かったからって、いきなり一緒に帰るだろうか。同性ならまだしも、男女が、だ。
「東豊くんは御近所さんだから、だよ。近所付き合いは大切にしなさいってお母さんが」
お母さん。つまり、あのお姉さんだ。
「それに、すぐ近所なのに仲悪いとか、知らないとか、気まずいでしょう? 顔合わせる確率高いのに。ましてや、同じクラスなのに」
ふむ。納得だな。男女とか関係無い。これは近所付き合い。それなら仕方無い。
「……イヤだった? 私と帰るの」
「全然っ!」
年洋は全力でかぶり振る。
イヤどころか、嬉しい。馬を射ようとしたらしたら、馬刺しでやってきた気分だ。鴨葱どころじゃない。
もはや天にも昇るような気持ちだ。
「フフッ。良かった」
そう言って目を細める塩里さん。そのかわいらしい笑顔は、お姉さんとどことなく似ている気がする。
(――やはり、お姉さんと塩里さんは本当に
すごく、現実に戻された気分になってしまった。
その後も色々と話しながら、二人は家に着いた。
「それじゃ、また明日」
塩里さんは手を振ると、はす向かいの家に軽い足取りで入っていった。
それを確認して、年洋も家へと入る。
(また明日、か……。学校へ行けば、毎日会うもんな。学校内で話はしないけど。)
そう思いながら、自分の部屋へと行く。鞄を置いて部屋着に着替えると、イスに座って机に向かった。
今はなんだか、すごく複雑な気分だ。
気になるお姉さんが人妻だった事で朝から落ち込んでいたが、夕方には娘と仲良くなっていた。お姉さんも、娘の塩里さんもキレイで、笑うとかわいい。
でも、お姉さんはお姉さん。
塩里さんは塩里さん。
似ていても違う。
――よし、一旦お姉さんの事は考えないようにしよう。
今後、塩里さんに会う度に気まずい雰囲気になりたくない。
それに塩里さんは近所だ。仲良くしていればお姉さんには会えるかもしれない。
馬は射った。十分な功績じゃないか。
そう思うと、心がスッキリした。
それにしても、塩里さんは結構グイグイ来るタイプだった。距離を縮める為に、あんな感じだったのだろうか。
近所付き合いだからって、ねぇ……。
今は分からない。
翌朝。
年洋が学校へ行く準備をしていると、
「年洋ぉー! 年洋ぉー!」
母ちゃんの大声が響いてきた。
「なんだよ」
部屋から顔を出すと、母ちゃんはニヤニヤしていた。
「キレイな子が迎えに来てるよ。あんたもやるねぇ」
キレイな子……。キレイな子?
思い当たるのは、一人しかいない。
鞄を持って急いで玄関まで行くと、そこには塩里さんの姿が有った。
「おはよっ! 東豊くん」
帰りどころか、行きも。
グイグイ来すぎじゃないですかね? 塩里さん。
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