第2話 異世界の転移のシカタ
「歓迎するよマグチノドカ。これからあんたを異世界へ連れていく」
「は……は、はあ?」
前回のあらすじ。
部屋にひきこもってゲームをしていたら突然真っ白な空間に移動させられて、そこにいたおばあさんに異世界に連れて行かれそうになっている。さて、主人公の間口和はどうなってしまうのか!
文面だけで読むとよくある異世界転移物のライトノベルだと受け入れられるが、いざ自分が異世界に突然連れていかれるとなっては話が別である。5年間ゲームのことと自分を許す言い訳を探すこと以外に使っていなかった脳は、この一瞬の膨大な情報量に悲鳴をあげた。
「えっと、なになになになに意味わかんない。なんで異世界に? そもそもここどこ? あぁあもう訳わかないよぉ……」
前の世界の唯一の荷物である掛け布団に頭をうずめて、現実逃避を測ろうと小さな声でボソボソ喋る和に、真っ白なおばあさんは深いため息をついた。
「こりゃ先が思いやられるよ……」
30分ほどして、真っ黒なアンティーク調の椅子に座ってのんびり本を読んでいるおばあさんに和はちいさな声で話しかけた。
「えっと……あの、おばあちゃんはだれですか……? ここはどこですか? あとあと、どうしたら家に帰れますか?」
おばあさんは本をパタンと優しく閉じて、落ち着いたかい? と優しそうな笑みを浮かべて向き直った。
「私はこの世界の相談役みたいなものさ、時々色んな人の悩みを気まぐれに聞いたり、解決の手助けをしたりしてるただのしがないばあさんだよ。ここは私の部屋で、お家に帰るためには悩みを解決しなきゃならない」
「なや……み…………」
「そう、悩み。なにか思いつくものはあるかい?」
「んん……、お父さんとお母さんが喧嘩してること」
「そうかい、それは大変だったねぇ。他にはなにかない? 些細なことでもいいんだ」
「……! お風呂に入るのがめんどくさい……」
「んー……それは、もしかしたらお風呂の心地良さを知れば少しは変わるかもしれないねぇ」
「あ、あとはあとは、最近面白いゲームがなくて、暇つぶしのゲームばかりしちゃう……」
「ふぅん、気になるゲームとかは無いのかい?」
「あるにはあるんだけど……、お金が……」
「あはは、アルバイトとかしてゲーム買ったりとかじゃあだめなのかい?」
「働くのやだ……」
おばあさんは終始優しく語りかけてくる。うろたえた時も落ち着くまで待ってくれていたし、今も立て続けにした質問に全て答えてくれている。その事実が少しずつ和の心を開いていった。
もともと和がおばあちゃんっ子だったということもあるが、それでもなんだか上手く言えないが、おばあさんはどこか優しくて話しやすかったのだ。
おばあさんと話し始めて20分ほどたち、知らないところからでてきた机の上に乗っているお菓子や紅茶が半分ほどになってその悩みは明かされた。
「人と、会話がしたい」
「ふぅん、会話。今も割とで来てるほうじゃないかい? それこそ初めはすごくうろたえてたけどさ」
「そういうのじゃなくて、というかおばあちゃんがなんだか話しやすいだけ」
「あらら、嬉しいことを言ってくれるねぇ。話し相手が欲しいってことかい?」
ふるふると首を振る。
「もっと人と話せてたら、今みたいに引きこもってないで親の喧嘩も少しは止められたのかなって」
「ふんふん、会話が苦手なんだね。それは勿体ない」
和が不思議そうに首を傾げると、
「だってノドカと話すのはこんなに話してて楽しいのにノドカと話せてないなんてね。きっと私たちの会話を聞いてたら、他の人もあんたと話したくなるはずだよ」
久しぶりに褒められて、照れたのを隠すようにクッキーを頬張る。さくっと小気味よい食感が好きで、食べていくとレーズンが姿を見せる。高級感がある訳では無いが、丁寧で愛情のこもった落ち着くクッキーだ。残るこの香ばしさも和は大好きだ。
もごもごと小さな口に詰め込む和を見て、おばあさんはふふふと上品に笑った。
「そうやって美味しそうに食べて貰えると作った私も嬉しくなるね。ありがとう」
「……! これおばあちゃんが作ったの……? すごい、てんさい」
「ふふふ、おだててもなにもでないよ」
「お世辞じゃないもん。紅茶だって、ずっと苦手だったのになんだか美味しく感じる」
「アールグレイって言うんだ。クセはあるけど私はこれが好きでね」
「アールグレイ……、なんだかかっこいい!」
「ははは、そうかいそうかい」
どこかさびしそうに笑うおばあさんの意図は分からなかったが、分からないことは放置する性分である和はあまり深く考えなかった。
「ところで、人と会話したいってのは争いごとを止められるような人になりたいってことかい?」
「んー、そんな大それたことじゃなくてもいいかも。人と話せるようになって友達とか欲しいし、お仕事も会話しなきゃできないだろうし」
「ほう、働く気はあったんだねぇ」
てっきりずっとニートをするのかと思えるほどの社会不適合である和が柄にもないことをいうので、からかう風にニヤリと笑うおばあさん。それに少し拗ねた様子で、
「私だって、いつかは働かなきゃとは思ってるもん! そんなにダメ人間じゃありませんー! 現実逃避は好きだし働きたくなんてないけど、せめて25歳になるまでには……」
「ははは、これからが楽しみだねぇ」
「それに……」
「それに?」
ニコニコとここに来てすぐの表情と真反対のいい笑顔てクッキーを口に含んで和は自慢げに言った。
「人に養ってもらうためにも会話スキルは必須でしょ」
これはまだまだダメ人間の路線を進んでいる気がするが、あえて口にはしないおばあさんだった。
「とにかく、あんたはある程度人と会話ができるようになるまで異世界で生活してもらう。細かいことはあっちで説明があるはずだけれど、ここで大まかな説明をするからよく聞きな」
「うん、わかった」
「あんたがこれから行く異世界は、大きくわけて人類、獣人類、獣、神格、その他の生き物に別れてる。ここじゃあ全部説明はしないが、あんたがこれから行く国は人類と主に哺乳類系の獣人類、あとは獣とその他の生き物のいる国だ」
種族を聞いたところ、いわゆる異世界ファンタジーの世界とさほど変わりはないようだ。俄然好奇心が湧いてくる。和は少しずつ瞳を輝かせていく。
「あんたはこれから異世界に行ってなんらかの定職に着くだろうが、その仕事は辞めてもいいけど絶対にその国、せめて国のある大陸から出るんじゃないよ。純粋な人類はその大陸を出たらもう会えないと思った方がいい」
「へぇ、結構人類は少ないんだ」
まあノゲ〇ラでもヒューマンは1番弱いからなぁと謎の基準で納得する和。
「それと……この子を一応かしておくよ。いざと言う時に助けになるはずさ」
そう言っておばあさんが渡してきたのは1匹の黒猫だった。見た目は元の世界と変わらないごく普通の猫で、青白い首輪をつけた可愛らしい猫だ。
「この子は……寂しくなった時にってこと?」
「まあ、この子がどう力をかしてくれるかはじきに分かるさ。当面はお守りだとかペットってつもりで一緒に過ごしな」
何やら意味深なことを言うおばあさんだったが、例の如く深くものを考えない和は「ふーん」と聞き流した。
そのあと少しおばあさんと話をして、いよいよ異世界に向かう為の扉の前にたった。
「さあノドカ! あんたはこれから異世界で人と会話できるようになってきな! 特別にあんたには誰とでも会話出来るっていう能力を加護として与えておいてあげたよ! 異世界に行っても頑張りな!」
そう元気に言うおばあさんを見て、和はこれからしっかりと自分の足で立って歩くことを実感した。不安や寂しさもあるが、先程のお婆さんとの話でせっかく手に入れたこのチャンスを活かしたいという前向きな気持ちの方が強くなっていた。今や和の気持ちは覚悟の2文字で満ちていた。
「わかった! 頑張って色んな人と会話してくる! 行ってきます!」
そう元気に返して、のどかは扉を開けた。1歩足を踏み出す前に後ろをすっと振り返って息をめいいっぱい吸った。
「ありがとうおばあちゃん!! 私がんばる!」
答えを待たず、踵を返して和は異世界への扉を抜けた。
異世界の会話のススメ @yauyau_shiroku
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