第31話 春にならない可能性
「お待たせしました」
気象庁上空、夏芽と秋葉を待たせたことに晴人は詫びた。
「気にしないで。準備に時間がかかることは私たちも経験済みだから」
「体調は問題なさそうですか?」
秋葉の質問に晴人は自分の身体をまさぐってみる。
「……下で身体にいろいろ機械を付けられましたけど、ここでの違和感はありません」
「問題ないならとにかく出発。正午までそんなに時間はないよ」
夏芽を先頭に晴人たち一行は目的地に向け出発した。
指定された場所は埼玉を過ぎて岐阜、福井、富山にまたがる白山国立公園。なぜその場所なのか、辰巳からメールが送られていた際に夏芽は説明してくれた。
「南北に伸びた列島では季節が変わるタイミングは当然ズレる。地理ばかりは私たちにはどうにもできない。普通に考えれば季節は冬なら北から南、夏なら南から北という具合に順次切り替わると思うだろうけど、実はそうじゃない。必ずどこかでくすぶる場所が生まれるの。季節の引き継ぎはその場所で行われる。将来的にどこがくすぶる場所となるのか、割り出す方法は私もわからないけど、辰巳さんたちが高い精度で割り出してる。前の季節が最後までくすぶる場所、そこで引き継ぎを行うと、全土で季節の切り替えがうまく進む」
――らしい。夏芽は最後に自信なくそう付け加え、自分も詳しくはわからないと首を振った。彼女だって晴人と同じ高校一年生、おまけに今も授業を欠席しているのだから、学術的なことまで理解するのは無茶な話だ。
目的地に到着すると、地上は一面雪に白く覆われていた。冬がくすぶる予測が立つのも頷ける、静かな大地。
晴人は自身の枝を取り出しじっと見つめる。すっかり手に馴染んだ枝はもはや体の一部だ。枝に季節の種が宿ったとき、自分にも多少なりとも変化が起きるのだろうか、次々と疑問が浮かぶが、解決するまであと僅かだ。
……しかし、その『僅か』がやって来なかった。
「おかしいです」
周囲を見渡しながら夏芽が呟く。
「そうですね……」
同意する秋葉。
想定していない事態だった。
指定の時間はとっくに過ぎている。それにも係わらず、冬至郎が一向に姿を現さない。
「どうしたんだろう……?」
疑問と一緒に夏芽に視線を向けるが、困惑の瞳が返ってくるだけだった。
秋葉が高度を上げる。「私が探してきます」
「俺も行きます!」
「晴人くんはそこを動かないで。すぐに現れるかもしれませんから。夏芽ちゃん、お願いね」
前回の引き継ぎ以来初めて見せる秋葉の真剣な表情が事態の異常性を物語っていた。
秋葉が米粒くらいにしか見えなくなって、「まさか事故にあったとか……」晴人は不吉な可能性を口に出した。「大丈夫なのかな……」
「――心配するところはそこじゃない」
夏芽の声は硬かった。
「どういうことだ?」
「今日に限って事故に遭う。可能性はゼロじゃないけど、それはとても低い数字。私たちが心配していることは別の可能性」
「別の……?」
「晴人にもいつか嫌でもわかる時が来る――この問題が解決しなきゃ一生無理だけど」
「なんだよ……、早く教えてくれよ」
口を濁す夏芽に苛つく晴人だが、頭のどこかで答えはわかっていた。先日、冬至郎からいかに冬が素晴らしい季節なのか聞かされたとき、晴人は彼の望みを垣間見ていた。
「冬至郎さんが来ないと、季節の種が晴人に移らない。つまり――」
「季節が春に変わらない……。まさか、ずっと冬のままなのか?」
「……四季がなくなるとは思えないけど」
夏芽の強張った表情は可能性がゼロでないことを肯定していた。
「マジかよ……」
晴人の呻き声はいつの間にか降り出していた雪と共に地上へはらはらと落ちて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます