第18話 季節の引き継ぎ①
晴人は無言で頷き、降下する夏芽の後に続いた。
冬至郎たちを見上げる位置につくと、夏芽が枝を構えた。「いい? 今回の私たちのように季節の引き継ぎに該当しない四季者ふたりがやるべきこと、それは周囲の環境作り」
「環境作り?」
オウム返しになる晴人に、夏芽は見たほうが早いと枝を振った。彼女の足下に黄色い風が紡がれる。続けて夏芽は枝先でくるくると大きめの円を描きながら、ゆっくりと腕を掲げていく。呼応する風は絶え間なく紡がれながら螺旋状に舞い上がり、上空にいる冬至郎と秋葉の周囲も越えていく。
「竜巻……」
黄色い風に囲まれた晴人が見たままの感想を漏らすと、
「これで終わりじゃないよ」
そう言って夏芽は枝で描く円を小さく絞り始めた。竜巻の天井、ぽっかりと口を開けていた青空が黄色い風によって塞がれていく。続いて夏芽は枝を持たない左腕を大きく真横に突き出した。足下と天井、始点と終点それぞれ一点で結ばれた黄色い竜巻が大きな弧を描く。
夏の四季者が作り上げたのは、球体の空間――風の球。晴人たちは、冬至郎たちがいる場所を中心とした風の球にすっぽりと覆われる格好になった。
「準備できました」
夏芽が上空に向かって叫ぶ。
「お疲れさま」
秋葉は下で頑張る後輩に小さく手を振った。
「集中してろ」
「わかっています」
じろりと向けられる冬至郎からの視線に逃れるように秋葉は目を閉じた。
「準備はできています」
晴人の目は上空に釘付けになっていた。向かい合った冬至郎と秋葉が互いに枝を付き出したかと思うと、突如として秋葉の枝が真紅に輝き出した。枝から溢れ出す真紅の暴風は、夏芽が作った風の球の中で何度も跳ね返り、球の中は真紅の光で満たされていく。そんな中、秋葉の枝先から拳大はあろう紅い光の固まりが滴のように姿を現した。
「あれは季節の種」
隣の夏芽が風を操ったまま言った。風を球体に維持するのは相当難度が高いのだろう、彼女の息は荒く苦しそうだった。
「季節の種?」
「私たち自身にも、この枝にも、それぞれが受け持つ季節の力は宿ってる、晴人だったら春の力。だけど、それだけじゃ季節という巨大な力は管理しきれない。管理するための力、その力があの季節の種には宿ってる。季節の種は分割することができなくて、所持することが許されるのは自分の季節のときだけ。季節の引き継ぎというのは、季節の種を次の四季者に引き継ぐということ。季節の種が引き継がれたとき、季節は巡る」
次節、自分はその立場に嫌でも立たされる。果たして自分に扱いきれるのか――。晴人は不安と期待をごちゃまぜにした瞳で光の中心を凝視する。
紅い滴となった季節の種に冬至郎の冬の枝がそっと触れたとき、紅一色だった光に一筋の白銀が混じった。そして、種が暴れた。
「どうしてっ」
秋葉の驚愕の声は白銀の風が生む唸り声にかき消された。
冬至郎が暴れる枝を両腕で抑えにかかったが、暴れ回る紅と白銀の風は球の中で乱反射を繰り返し、ついには夏芽の作り上げた風の球の一部を引き裂いた。
冬至郎の食いしばった歯から嘆きが漏れる「やはりひとりでは薄いか……!」
「まずい! 逃げちゃう!」
夏芽の声を聞かずとも不測の事態が発生したことは晴人にも理解できた。球の裂け目から外の景観がちらり映る。どう動けばよいかわからずに思考が停止しかけたとき、頭上から指示が叩きつけられた。
「俺たちは手が離せん! 晴人が塞げ!」
冬至郎の声だった。
「はいっ!」
どうすれば、とは聞き返さなかった。晴人は素早く枝を構える。先ほどの夏芽の動きは一挙手一投足じっくりと観察させてもらった、イメージはできている。晴人は足下から風をすくい上げ、アンダースローで腕を振りきった。
晴人の枝に紡がれ舞い上がった無色の風が夏芽が作った風の球に混ざり込み、一部の厚みが幾分か増した。
「進め!」
晴人の風は螺旋の流れに沿って瞬く間に裂けた箇所へと辿りつき、申し訳程度の厚さではあったが、確かに裂け目を塞いだ。
「どうだ!?」
「上出来」
夏芽が枝を掲げたまま礼を言う。
「本来だったら俺たちふたりで風の球を作るはずだったんだろ? 言いっこなしだ。それよりも早くなんとかしてくれ。俺だけの壁じゃあ直撃したらひとたまりもない」
貴重な夏芽からの感謝の言葉だったが、晴人は風を継続して紡ぎ続けるのに必死で噛みしめる余裕がなかった。
「大丈夫。任せて」
ふたりの風が溶け合った球は強固で、裂けた部分も完全に修復された。
「……いいぞ、急に大人しくなってきた」
不規則に反射を繰り返していた紅と白銀の風は、冬至郎の意のままに規則正しく球の壁沿いを這う動きに変化し、夏芽と晴人が作った球の内側にもう一つ風の球ができたような格好になっていた。
「クライマックスだ、秋葉」
秋葉の紅の風は、球を一周するごとに色を薄くしていった。
「……また来年ね」
秋葉がぽつりと別れの挨拶を口にしたとき、紅は白銀に飲み込まれた。
白銀一色になった風は壁を離れ、少しずつ円の半径を狭めていく。
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