番外編その2 博士とウサ公



「おおーい。ウサ公。そろそろ昼飯にしようじゃないか」


 車輪付きの台車に仰向けになり、飛空艇の下の整備をしていたリグレットは「はーい」と返事をしてから、からだを外に出す。四角い箱のようなものを熱心にのぞき込んでいた縞栗鼠しまりす博士は「よし」と言ってから、その箱を閉じた。


「お前さんも物好きだな。屋敷の仕事も忙しいというのに、私のところに弟子入りしたいだなんて」


 博士はそばにあったバスケットから、橙色の包を取り出すと、リグレットに押し付けた。


「おれのですか?」


「野菜サンドだ。私のはピーナッツサンド。これがたまらんのだよ」


 彼は「うっしっし」と笑みを見せると、それにかぶりついた。


「『カガク』って古の技術は、とっても興味深いですね。博士はどうしてこの禁忌を手に入れたんですか」


「それは企業秘密ってやつだよ」


「でも、少しくらい教えてくれたっていいじゃないですか」


 心地よい風がふく丘の上で、王都を眼下に置きながら、二人は並んで昼食を摂る。


「古の技術は、神の怒りに触れた。星の箱舟を知っているか」


「遥か昔。地上を我が物顔で支配していた人間族が、神の怒りに触れて、この世界が洪水に見舞われたって話ですよね」


「そうだ。人間たちは古の技術の使い方を誤った。神は怒り、そして忠実なる一族に、地上に生きる動物、植物を少しずつ乗せられる大きな船を作るように命じた。船が出来上がったことを確認すると、神は世界中を水で満たしてしまった。船に乗れなかった者たちは、全て水の底に消えていったのだ。こうして生き残った者たちが、我々の祖先になるわけだな」


「学校で習いました」


 博士はピーナッツサンドをかじる手を休めて、リグレットを見た。


「知識や技術とは、使う人間性が問われるものだ。我々の祖先は、便利のよい古の技術を封印した。こんなものがあるから、世界は滅びるのだ——という教訓を得たからだ。だがしかし、正しく使えば、必ずがこの国に繁栄をもたらすことは間違いないのだ。私はこの技術を正しく使いこなす。私は——だ。わかるだろう? その意味が」


「おれが悪い奴かも知れないから、教えられないってことですよね?」


 リグレットは耳を少し倒す。


「興味本位だけで知るようなものではないのだ。だから、しばらくお前さんの働きぶりを見せてもらうよ。弟子にするかどうかは、もう少し後の話だな」


 彼はおでこについている眼鏡を引き下ろすと、にかっと笑った。


「いや正直に言うと、幼少時代から人と一緒に行動するっていうのが苦手でな。よくピスと喧嘩をしたものさ」


「ピスと——ですか」


 ピスと言えば、王宮切っての堅物で、リグレットですら萎縮してしまうくらい怖い存在だ。そのピスと博士は昔からの知り合いだと聞いている。


「先々代の王、ピス、リガード……そして私は小さい頃からの悪友でな。教師の手を煩わせるのが得意な四人組だった」


 彼はさみしそうに言った。


「皆、逝ってしまう。残るは私とピスだ。残りもの同士、仲良くすればいいのかも知れんが、仲の悪い二人だけ残ってしまったからな。致し方ないものだ」


「博士——。やっぱりおれに教えてください」


 リグレットは「うん」と頷くと、博士をじっと見つめた。


「おいおい。話を聞いていたか?」


「聞いていましたとも。だからですよ。人はいずれは死ぬんだ。博士の持つ、その古の技術。博士に何事かあったとき。心無い人たちに奪われて悪用されたら大変なことになります。おれが博士の意志を引き継ぎます。そして、この国のため——。いや。エピタフ様の力になれるように、やれること、やってみたいんです」


 リグレットは野菜サンドを一気に口に押し込めた。喉に突っかかって咳が出る。博士は「ぷは」と噴き出して笑った。


「威勢のいいウサ公だ。気に入った。正式な弟子にするにはまだまだだが、見習いとして採用してやってもよいぞ。そのかわり、本業をしっかりとこなせ。お前の本業は屋敷勤めであるはずだ」


 リグレットは胸をドンドンと拳で叩いて、なんとか突っかかったサンドイッチを奥に押し込んだ。それから、大きく息を吐いてから、「ありがとうございます!」と頭を下げた。


 博士はにやにやと笑みを見せていたが、「では——」と言って、そばにあった麻製の鞄からボロボロになった本を取り出した。


「まずは飛空艇の仕組みについて勉強しろ。貸し出すことはできないが、ここに来た時だけ貸してやる」


「い、いいんですか?」


「この本を手に入れた時の冒険談は、追々説明してやるがね」


 リグレットはその本をそっと受け取った。紙は劣化し、手荒く触れると崩れてしまいそうだった。


「こども乗り物……図鑑? 図鑑とはどういう意味なのでしょうか」


「似通ったものを集めて、図に落とし込んだり、その仕組みを記したりしている書物のようだ。私は他にもその図鑑を何冊か所有している。図鑑の後ろには、いろいろな種類の秘密の書が存在すると書かれている」


 リグレットはそっと一番後ろを開く。


「植物、動物……もののしくみ? ……たくさんあるんですね!」


「その中には、古の知識がぎっしりと詰まっているのだ」


「なんと——。なんと便利な書物なのでしょうか。こんな書物が、まだあるというのですね? 博士はすべてお持ちなのでしょうか」


「まだ数冊に留まる。太陽の塔に設置されていた上行する箱の仕組みも、この監視装置や、計算をしてくれる仕組みも、みなその本に書かれていたのだ。私はもっとその本が欲しい。遺跡巡りをしたら、その本がもっと見つかるかも知れない。そう確信している」


 博士は先ほどまで熱心に操作していた箱をリグレットに見せてくれた。光るその箱は、下にボタンがたくさんついていて、文字を書いたり、数を計算したりすることができる仕組みになっていた。


「すごいです。博士。古の技術とは、なんと。魔法みたいですね」


「魔法と古の技術は、その仕組みこそ違えど、どこか似通っているのかも知れないな。よし、弟子見習いのウサ公。私と一緒に新たな図鑑を発掘し、そして解析を行うのだ」


「——はい!」


 二人は肩を叩き合って、それから視線を合わせたかと思うと、力強く頷き合った。

 穏やかな風が吹いている丘だ。どこかで四十雀しじゅうからが鳴いていた。




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