第28話 救出劇開始


「なんだよ。お前が見張りしていたのかよ」


 姿を現したシャオドンは「け」と唾を吐いた。


「お前のことだ。なにをしでかすかわからねえだろう! ——ってよ! おいおいおい! なんだよ。縄取れてんじゃねぇか!」


 シャオドンは「まったく、お前ってやつは油断も隙のねぇ」と言った。老虎は「だろう?」と返す。エピタフは思わず苦笑いをした。


(またお馬鹿さんが一人増えたようですね……)


 大きくため息を吐いてから、エピタフはシャオドンを見据えた。


「虎族の進軍には、あの黒衣の男が関わっているのではないですか」


 シャオドンは周囲を伺うようにしてから、老虎とエピタフをそこに座らせた。


おさはおれたちには何も教えてくれねぇ。けど、あいつが来てから、長は急に変わっちまった。王都に進軍するなんて、思ってもみなかった」


「どうしちまったんだよ。兄貴は……」


 どうやらシャオドンたちは、人質を取られていることを知らないようだ。長であるチンハオ一人が背負っているのだろう。人質を取られているなどと知ったら、この血気盛んな虎族たちが黙っているはずがない。チンハオは子どもたちの命を優先する選択を一人でくだしたのだろう。


(権力者とは時に孤独。シーワンの力が必要でしょう)


 エピタフは「シーワン」と彼の名を呼ぶ。


「脅されているのです。虎族は。長は幼き子らの命を、あの男に握られているのです」


「なんだって——っ!」


「本当かよ!」


 老虎とシャオドンはそろって声を大きくした。エピタフは口元に指を当て静かにするように窘めた。老虎はシャオドンの肩を叩く。


「お前、気がつかなかったのか? このバカ。目玉どこにくっつけてんだよ」


「うっせーな。一族を出て行ったお前に言われたくねぇよ」


 二人はお互いを叩き合う。エピタフから見ると、子どもがじゃれているようにしか見受けられなかった。


「おやめなさい!」


 エピタフの制止に、二人は黙り込んで耳を垂らした。


「この野営テントの一角に子どもたちがいます。彼らを監視しているのは、カースが使役しているアンドラスの師団の悪魔でした」


「なんだって!? クソ野郎……。おれたち虎族を脅そうなんて、どんな神経していやがる。食い殺してやる」


「チンハオはずっとあの男に監視されていたのか。おれたちをそばに寄せつけず、あの男ばっかりそばにおくからよ。変だと思ったけど」


「少しでもおかしな素振りを見せたら、子どもたちの命はないのでしょう。長は私たちの前でも精一杯の演技をした——ということです。シーワン。お兄さんの気持ち、理解してあげなければいけません」


 老虎は拳を地面に叩きつけた。その様子を見ていたシャオドンは「そういえばよ」と声を上げた。


「お前、傷はいいのか? 本気でいたぶってやったのによ」


「ああ。お前になんかやられてたまるかよ」


「嘘だ。肋骨数本折ってやったじゃねえか」


「私が治癒しました」


 シャオドンはエピタフを見る。


「魔法使いなのか。あんた——」


「そうですが」


「おれのつがいだ。お前、手出すなよ」


「こんな美人捕まえてきやがって。なにからなにまで気に食わねえ」


「うっせー」


 シャオドンは老虎の首に腕を回し、頭をぐりぐりとする。


「おやめなさい。まったく。すぐにじゃれるのはやめてください」


 二人がじゃれ合っているのを中断させ、エピタフは「時間の無駄です」と言い切った。老虎とシャオドンは再び耳を倒して、からだを小さくした。


「子どもたちの身の安全が確保できれば、長はこの戦いに参戦しないと言い切れますか」


「ああ。おれたちは人間と戦いたいわけじゃねえ。おれたちはおれたちの暮らしを豊かにしたいだけだ。おれたちが王都を占拠したところで、まつりごとができるわけがねえことは、長が一番よく理解している」


 シャオドンの回答に、エピタフは頷いた。


「では子らを助けましょう。そしてカースの手下を滅するのです」


「奴に危害が加わると、カースが襲ってくるんじゃ……」


「構いません。それならそれで好都合。彼の目をこちらに引きつけることができます。しかしそれは、可能性としては低いでしょう。カースは歌姫奪還を目指しているはず。手下の一人が気配を消したところで、自ら出向いてくるとは考えられません」


 シャオドンは老虎を見た。


「お前のつがいは賢いな」


「だろう? 国一の魔法使いだからよ」


「貴方が自慢することではありません」


 ぴしゃりと言い渡されて、老虎は首を引っ込めた。


「子らは私がなんとかしましょう」


「黒衣の男はどうする?」


「それも私が——」


「ダメだ。エピタフはまだ傷が癒えていないんだ。黒衣の奴はおれに任せろ」


 老虎は厚い胸板を拳で叩く。それを「うんうん」と頷いて聞いていたシャオドンがはっとして声を上げた。


「おれ『たち』ってなんだ。『たち』って。おれもか?」


「お前、怖気づいているのか」


「誰が。クソ野郎。任せろ」


 エピタフは二人の会話を聞きため息を吐いた。


(シーワンの言葉の悪さは一族譲りですね)


 エピタフは小さく口の中で召喚の言葉を唱える。


「汝、前に来りて我に従え。天空の霊も、虚空の霊も、地上の霊も、血かの霊も、乾きし地の霊も、水中の霊も、揺らめく風の霊も、つきさす火の霊も。すべての生まれなきものよ。我はここに召喚する——ハルファス伯爵——」


 彼の召喚の言葉とともに、そこに漆黒の闇が立ち現れ、そして長身の一人の男が姿を現す。彼の背には、美しい七色に光る灰色みがかった青紫色の羽。少し突き出した胸部。そして、顔は鳩の形をしていた。


「ひいい」


 シャオドンは、思わず老虎にしがみつく。老虎は「おう、触んじゃねえ」とシャオドンを突き放した。


「美しき白兎。元気そうでなによりだ。そこの虎が君を救ってくれたようだな」


「太陽の塔では世話になった」


「ポポポ。劇的な契約劇だったな。さすがリガードの孫。次はどんな面白いことに私をいざなうのだ?」


「虎族の子らを救って欲しい」


「子などに興味はないが——」


「アンドラスの師団が相手でも、同じことが言えるか?」


 エピタフの鋭い視線に、ハルファスは「ふむ」と指を顎に押し当てた。


「それはまた別の話——」


「奴に一泡吹かせてやりたくはないのか」


「アンドラスは侯爵を名乗る資格もない無能な悪魔。いいだろう。虎族の子らは任せろ」


「くれぐれも魂に手を出すな」


「おや。子の魂ほど純真無垢でうまいものはないのだぞ」


 二人の会話を聞いていた老虎は「おうおうおう」と口をはさんだ。


「食うなよ! 絶対食うな! おれの魂、少しだけやるからよ」


「シーワン!」


 しかし、ハルファスは肩を竦めた。


「笑止——。野蛮な虎の魂など、食したくもない。いらぬ」


「なんだとー!」


 ハルファスは「ポポポ」と笑うと、あっという間にテントを飛び出した。エピタフは老虎を窘めた。


「悪魔とは狡猾です。あの者たちと言葉を交わすときは注意を払わねばいけません。いつどこで上げ足を取られるかわからないのですよ。それでは私も。お二人は黒衣の男を。私も子らの安全が確保できたら向かいます」


「わかった。すまねえ。エピタフ。おれたち一族のために——」


 老虎はすまなそうに視線を伏せた。エピタフは老虎の頬に触れる。


「私は貴方のなんですか」


「つがいだ。そして——家族だ」


「家族である貴方の一族を守るのは当然のこと。そうでしょう?」


「——エピタフ」


 老虎は彼の腕をつかみ、それから一気に引き寄せて口づけを落とす。


「すまねえ」


「貴方も気をつけて——」


 エピタフは笑みを見せてから外に飛び出した。ハルファスが、すでに子どもたちが囲われているテントで騒ぎを起こしていた。


「戦線復帰にはちょうどよい準備運動ですね」


 彼は得意の脚力を生かし、ハルファスの元へと向かった。






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