第13話 太陽の塔の悲劇



 博士の掛け声に合わせ、飛空艇の底から、太い鎖でつながれた鉄球が姿を現らわした。下にいるメンバーたちが、大型のウインチを手作業で操作する仕組みだ。


「ちょっと揺れるからね! しっかりと捕まってな!」


 博士は飛空艇を器用に操り、振り子の原理を使って、その鉄球を壁に打ちつけた。ドーンという地の底から響くような轟音が耳をつんざく。何度も繰り返す内に、鉄球の動きは大きくなる。飛空艇もそれに引っ張られて大きく揺れた。


「しっかり掴まれ!」


 老虎とらは周囲の仲間にそう声をかけた。小型の獣人たちは、必死に手すりに縋りついている。老虎は「はは」と自嘲気味に笑みを浮かべた。


「いい案だけどよ。かなり無茶してくれるぜ。じいさんの癖によお」


「ひゃっは~」と嬉しそうに叫びながら、飛空艇を操縦している博士を見て、老虎は呆れるしかなかった。その間にも、鉄球は確実に壁にめり込み、そして、大きく揺らいだかと思うと、塔の壁面が崩れた。


「鉄球を回収! いいかい、突入するよ!」


 博士の掛け声に合わせ、操縦を手伝っていた仲間たちが一斉に動き出す。

 飛空艇の中に鉄球は吸い込まれるように回収された。それと同時に、飛空艇は高度を下げ、老虎たちはその穴から、太陽の塔の内部に侵入したのだった。


 見取り図で見ると、そこは神聖なる祭壇が祭られているところだと聞いているが、中がどうなっているのかはわからない。


 恐怖で支配されてはいけない——。まるで自分の気持ち奮い立たせるかの如く、老虎たちは手に武器を携え、雄叫びを上げながら、大きく開いたその入り口から塔の内部に足を踏み入れた。しかし——。


 組員たちは「あ」と息を飲んで足を止めた。そこは神聖なる場所ではなかった。


(まるで地獄じゃねぇか)


 フロアを飾っていたであろう花々は、踏みにじられ無残な姿を晒していた。それになにより、老虎を不愉快な気持ちにさせたのは、その部屋中に満ちる腐りきったような生臭い匂いと、血の匂いだった。


 生臭い匂いの原因は見たこともない異形の者たちだ。青黒い肢体は、ヌメヌメとした液体が張りつき、妙に光って見える。爬虫類のような瞳の下には、耳元まで裂けている大きな口がある。背中が大きく丸まり、そこには体毛もない黒い羽が生えていた。


 彼らは自分の意思も感情もないのかも知れない。鋭く尖った爪を仕切りなしに牙で噛んでいる者もいれば、仲間同士で小競り合いをしている者たちもいる。老虎は、こんな生き物を見たことがなかった。 


(やっぱり罠だったか!)


「なんなんだよ! こいつらは……。——ひでぇ」


 老虎は思わず腕で鼻を押さえる。隣にいたガズルも眉間にシワを寄せ、不快さを露わにしていた。


「これが悪魔じゃないのか。気味が悪いな」


「——だな」


 広いフロアの中心には、真っ黒なマントを頭の先からすっぽりとかぶっている人物が立っていた。まるでこの世界の支配者——。漆黒の闇みたいな男だった。老虎は、すぐにその人物がカースだということがわかった。なぜなら、彼からは邪悪な気が放たれていたからだ。


 彼の足元には、先日取り逃がした歌姫の生まれ変わりである黒猫の獣人、凛空りくがいた。彼は倒れ込んでいる王、サブライムを抱きしめて泣いていた。サブライムは意識がないようだ。手がぐったりと床に垂れている。


(ち、やられたのか)


 老虎は戦況を把握しようと、素早く周囲を見渡した。カースのそばにいるのは、更に気味の悪い生き物。ふくろうの頭に、人間のからだを持つ男が、剣を片手に銀色の狼にまたがっていた。


(あれが悪魔の親玉なのか? ——あいつは? 兎野郎はどこに……)


 老虎はエピタフの姿が確認しようと、カースたちの周囲に視線を配った。すると——。


(あいつ!)


 老虎はカースや凛空の近くに横たわっているエピタフを見つけた。エピタフには、両手や腹部に紫色の光を帯びた剣が突き立てられていた。その周囲には血だまりができている。


(くそ! 死んだのか?)


 梟の悪魔はカースと何やら言葉を交わしたかと思うと、エピタフに向かって剣を振りかぶった。


「老虎!」


 スティールの声は「エピタフを助けろ」と言っていた。


「クソ!」


 老虎は獣族——虎の脚力を活かし、一気に駆けだした。


(頼む。間に合ってくれ! まだ、あんたには話したいことがたくさんあるんだ……っ)


 しかし——老虎は間に合わなかった。それよりも前に、梟の剣を受け止めたのは、突如渦巻のような闇から姿を現した鳩の顔を持つ男だった。梟と同様に、背には翼を持ち、空を飛ぶ。少し前に突き出した胸に手を当てて、左右に揺れるすの姿は愛嬌すら感じさせる。


「な、なんなんだよ。次から次へと……」


 老虎は今まで生きてきて、目にしたこもない存在が次から次へと出てくるこの状況に、混乱していた。梟と鳩はなにやら言葉を交わしているようだが、やはり轟轟と鳴っている音にかき消されて、老虎のいる場所には届かなかった。塔に穴が開いて、一気に空気の流れが変わったのだ。


 博士の言う通りに、塔は破滅の時へ向かっているに違いない。


 老虎は自分の気持ちを落ち着けようと、何度か深呼吸を繰り返す。そうして、ぐっと手を握り締めると、エピタフの元へと向かった。穴から外に吹き出す風の威力はすさまじい。それに加えて、梟と鳩の戦いが始まると、ますます強い気流が巻き起こる。


 途中、吹き飛ばされ、立っていることすら儘ならない。地面に這いつくばるような形で、老虎はエピタフの元を目指した。彼の横顔は蒼白で血の気もない。まるで死人のように見えた。


「クソ野郎、死ぬなよ。バカ」


 梟と鳩の戦いで引き起こされる大きな突風は、外からの風とぶつかり合って、真っ黒な異形の者たちが、それに巻き込まれて吹き飛ばされているのが見えた。


「敵も味方も関係なしかよ——! みんな、吹き飛ばされるな!」


 老虎は仲間に声を掛けながら、やっとの思いでエピタフの元にたどり着いた。カースは凛空の元にたどり着いたスティールに意識が向いているようだ。周囲を伺いながら、老虎はエピタフの顔を寄せて声をかけた。


「おい、生きているか? おい!」


 近くで見る彼の姿は無残としか言いようもなかった。地面に張り付けにされているかのように、両手には紫色の光を帯びた剣が突き立てられていた。同様の剣がもう一本。彼の右腹部を貫いている。そこからは血があふれ、留まることを知らぬようだった。


「おい、しっかりしろ! 生きているんだろう? おい!」


 老虎は必死に彼に呼びかける。


(頼む! 頼む! 神様っつー野郎がいるんだった、こいつを死なせないでくれ!)


 老虎は祈るような気持ちで、エピタフに声をかけ続けた。すると、銀色の睫毛が微かに震えた。


「うるさいですね……」


 紫色に変色している唇から微かに漏れ聞こえた声は、確かにそう言った。


「生きているんだな?」


 必死に瞼を持ち上げようとしているのかも知れない。だが、睫毛が震えるばかりで、それは叶わないようだ。


「いいんだ。目、瞑ってろ。今、おれが助けてやる」


「——……」


「なんだって?」


「……いけません。その剣に触れてはなりません。私のことより……サブライムを」


「うっせー。死にぞこないの言うことなんて、誰がきくかよ」


 老虎はエピタフの左手に突き刺さっていた剣を握り込んだ。遠くで、スティールが「やめろ」と叫んでいたが、そんなことは知ったことではない。老虎は必死だった。しかし——。


 剣を掴んだ瞬間、両手の平が灼けるように熱くなり、煙が上がった。




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