第11話 太陽の塔を破壊せよ
スティールは「今回の作戦はそれしかない」と言い切った。
「歌姫たちが塔に入ってから半刻後、この祭壇の場所に飛空艇を乗りつけ、外から鉄球で壁をぶち抜く」
「おいおい。かなり乱暴じゃねぇか」
「53階は、フロア全体が祭場になっている。多少荒っぽいことをしても、中の歌姫たちには、影響はない。それに——本当に、カースが罠を張っていたとしたら、中は戦場だ。カースと直接対決もあり得る状況だ。だから、塔を壊すんだ」
「壊すだって?」
今度は博士が口を開いた。
「塔は、細くて縦長の建造物だ。一部に穴を開けば、あっという間に上の重さを支えられなくなる。均衡を失った塔は、崩れ落ちるんだ。私たちはそれを狙う」
「塔の崩壊……その混乱に乗じて、歌姫をかっさらって脱出するって算段か」
「そういうことだね」
「塔が崩壊するのに、どれくれぇ時間がかかるんだ」
「そうだね。なかなか強固な作りだ。まあ、十数分はあるんじゃないかね」
「それだけかよ!」
「なんだい。自信がなさげだね。野獣が」
博士はバカにしたように鼻を鳴らした。
「うるせぇ。みんなが無事に脱出することを考えただけだ。おれ一人だったら、そんなに長い時間はいらねぇ」
「
スティールは鋭い声色で老虎の名を呼んだ。
「なんだよ」
「まだそんなこと言っているのか? 一人で、一人でって。おれたちは仲間だ。みんなで協力する。忘れるな」
「——わかってるよ」
スティールの言いたいことは理解している。団体行動を乱すことを咎めているわけではなく、老虎の身を案じてくれているのだ。知っている。けれど。それでも老虎は、何事も一人でこなしたいという思いが強かった。
それは、他のメンバーたちが戦い慣れしていないことに起因する。長い間、争いの起きなかったこの世界で、人間も獣人も、皆が平和に慣れ切っていた。戦禍が起きる事など、思ってもみない人が大半の世の中だ。
そんな平和ボケしたメンバーたちが戦いに巻き込まれれば、いい結果にならないことくらい、老虎はわかっている。そしてスティールもそうだろう。
(痛い目に遭うのは、おれ一人で十分なんだよ。スティール)
老虎たちの一族は戦いを好む。一族のそのからだには、戦いの遺伝子が組み込まれていて、それらが褪せることなく脈々と受け継がれているからだ。
「老虎。カースがいたら。戦うんじゃないよ。逃げるんだ。いいね?」
老虎の気持ちを見透かしているかのように、博士もそう言った。
「カースって野郎は、倒せねぇのか」
「無理だね。歌姫の力を持ってしても、眠らせるので精一杯だったんだから——勝てないね」
博士のつぶらな瞳は、老虎をまっすぐに見返していた。博士の声は静かだが、それでいて説得力のある声だった。
「カースというのは、闇の魔法使いだ。それもとびきりのだ。当時、彼は魔法大臣をも凌ぐ魔力を持っていたのにも関わらず、獣族というだけで魔法省に入れてもらえなかった。彼の世界を憎む心が、誰にも負けないくらいの負の力を生み出る原動力なのだろう。当時の大臣たちの半数以上がカースの力で命を落としたと言われているほどだ」
「そんなに、すげぇのか……」
老虎は息を飲んだ。
「それにカースは、優秀な術者を何人も従え、それから悪魔も使いこなすという。革命組では手に負えないだろうよ」
「だから」とスティールは言った。
「おれたちは歌姫を混乱に乗じてかっさらう。それだけを目指すってことだな」
「そういうことだよ。歌姫を確保したら、なにを置いても脱出するんだ。自分の命を守ることだけを最優先とする」
博士はそう言い切ってから、そこにいるメンバーたちを見渡した。
「とりあえずスティールが、その黒猫の少年を説得できるかどうか、だけどね」
「最悪の場合を考えて備えておくに越した事はねぇ」
「そうだね。太陽の塔に突入する作戦を行わなければならないかも知れない。準備を頼む」
スティールはそう言って頭を下げた。老虎たちはそれぞれ顔を見合わせてから神妙に頷いた。
***
「太陽の塔に行くそうだな」
魔法省大臣執務室に、ノックもせず不躾に姿を現した男がいた。大柄で口ひげを蓄え、腰にはキラキラと光る長剣をぶら下げている男だ。
エピタフは読んでいた書類から視線を上げた。
「これはこれは。モデスティ大臣」
エピタフは腰を上げ、彼に一礼した。モデスティと呼ばれた男は目の前の長椅子にどっかりと腰を下ろすと、側に起立しているエピタフを忌々しそうに見つめた。
「我々の邪魔ばかりしてくれているそうだな。エピタフ。革命組を捕らえる任は、我々軍事省が担っていたはずだが」
「その件に関しましては、ピスにお尋ねください。私どもは、ピスの命で動いているだけでございます」
「人のせいにするか。知っているぞ。
「申し訳ありません。ピスからの指示です」
モデスティは立派な眉を吊り上げた。
「兎のくせに生意気な。お前には、魔法省の大臣の席に座る資格などない」
「そうですか。では、どなたに担っていただきましょうか。私は十三から、ここにおります。私よりも適任者がいるのであれば、早くそうしていただきたいくらいだ——」
エピタフは眉一つ動かさずにモデスティを見据える。彼は「おもしろくない」と言わんばかりに、乱暴に立ち上がった。
「お前の目は気味が悪い。なにか邪悪なものを感じるぞ。太陽の塔になど足を踏み入れるなよ。神聖なる塔が穢れる」
そう言い放つと、モデスティはさっさと部屋を後にした。それを見送り、エピタフは軽くため息を吐く。窓ガラスに映る自分の姿を見つめてから、首を横に振った。
(明日——。太陽の塔へ凛空を連れていく。何事もないほうがおかしい)
猫の町の襲撃の時。カースの足止めをしたリガードは死んだ。カースが去ったあと、猫の町の救援に向かった厚生大臣オペラから聞いた。リガードの遺骸はなかったそうだ。
オペラの話では、カースに殺されたのではなく、命尽き、使役していた悪魔たちにすべてを持っていかれたような痕跡があったそうだ。
あれから。数日が経過するが、カースが王宮を襲う兆しは見受けられない。カースは、歌姫である凛空の身柄が欲しくて堪らないはずだ。なのに——。まるで嵐の前の静けさである。
太陽の塔に仕えている一族がいる。遥か昔は、猫族がその任を担っていたと聞く。それが今では人間族が管理する塔だ。数年前——その一族が蘇ったカースに惨殺されるという事件が起きた。現在、塔を管理しているのは、その一族の唯一の生き残りの男だ。
(彼はカースに対し、並々ならぬ恨みを抱いている。闇の力に対する対策は万全だ。カースが塔に入り込むことは不可能であるはずだが)
太陽の塔とは、昔から不吉な影がついて回る建造物だ。エピタフは、塔が神聖なるものだとは到底思えなかったが、王宮に保管されている古文書の指示に従う他ない。当時を知るものは、カース以外いないのだ。今を生きる自分たちにとったら、古文書だけが頼りなのである。
(心がざわつく。良からぬことが起きなければいいけれど……)
すると突然、ガタガタを大きな音を立てて、扉が開いた。モデスティ以外で、ノックもせずに入って来る人間は一人しかいない。エピタフは大きくため息を吐いてから顔を上げる。
するとそこには予想通り、サブライムが満面の笑みを浮かべ、右手を上げて立っていた。
サブライムは一人ではなかった。歌姫の生まれ変わりである黒猫の少年——
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