第10話 アジトでの作戦会議2
「クソ野郎。なんなんだ。王宮の奴らにしてやられてばかりじゃねーか」
アジトに帰還した後、
「そう怒るなよ。次の機会が必ずある」
スティールはいつもよりも低い声で老虎をなだめるように言ったが、テーブルの上でせわしなく指を動かし、気持ちを持て余しているようだった。その様子からして、一番苛立っているのは彼なのかも知れない、と老虎は思った。
「王宮の奴らは歌姫の覚醒を急ぐに違いない。カースが横取りしに来るだろうからね。スティール。その少年と、一度きちんと話をしたほうがいいかも知れないね」
「わかっている。歌姫の生まれ変わりである少年——
「しかし、王宮の奥深くに隠されたら、なかなか会うことはできないぞ?」
ガズルの意見にスティールは首を横に振った。
「いや。多分——。王宮にはおかないよ。王宮内にもカースの内通者がいるんだ。これは確かだ。だからきっと。サブライムは信頼置ける奴に凛空を預けるはずだ」
スティールはしばらくの間をおいて、言葉を続けた。
「さっきの様子からすると、あの子は自分の運命を理解していないようだ。サブライムたちが、細かいことは話聞かせるだろうけれど、それは誤った情報である可能性が非常に高い。あの子に会って、きちんと話をする必要がある」
「だけどよ。きっと、お前がいくら説得しようとしても、あの黒猫は言うことをきかねえんじゃねぇか? 今晩の様子を見る限り、あいつ。おれたちのほうが悪者だって思っているんじゃねーかってくらい、怯えていたしよぉ」
「確かにね。でもやる価値はあると思うんだ。凛空はリガードの愛情を受けて、まっすぐに育っている。きちんと向き合えば、彼はおれの言葉を聞いてくれるかも知れない」
「お前はよ。そうやって、人を信じるからすぐに騙されるんだぜ? 育ちが良すぎんだよ」
老虎が彼と最初に出会ったのは、高等学校に在籍している時だった。昼休み、ふと中庭に視線をやると、そこで演説をしている学生がいたのだ。
『獣人と人間は同じ命だ。種族など関係なく、みなが同じ権利を持ちながら暮らす世界で暮らしていきたいとは思わないか?』
スティールは、学生たちを集めてそう問いかけていた。故郷には虎族しかいなかった。獣族と人間との格差があることを知ったのは、王都に来てからの話だった。
学校では、獣族と人間とが机を並べていた。表面上は何事もなく、平和な学校生活だった。しかし教師は人間を優遇していた。
獣人で優秀な者がたくさんいたが、なぜか成績上位には人間たちの名前しか挙がっていなかった。そこには教師たちの意図的な力が働いていることくらい、田舎者の老虎でも理解できた。
——これでは、獣族が社会に出て上に行けるはずがねえ。
老虎は愕然としていた。そんな時に、この男——スティールと出会ったのだ。彼は軍事大臣の息子でありながら、気取った素振りもなかった。老虎はそこが気に入ったのだ。
せっかく学費を出してもらったというのに、老虎はいつの間にか、高等学校を中退した。そして、そのままスティールたちと伴に革命組を立ち上げたのだ。
ずっと一緒にここまでやってきた。だから知っている。スティールのその不器用なほどにまっすぐな思いは、踏みにじられ、そして彼を傷つけるということを。心配下にスティールを見つめていると、彼は口元を上げて笑みを見せた。
「おれのこと、心配してくれているんだろう。老虎。大丈夫だ。おれの声が伝わらないことなんて、日常茶飯事だろう? けれど、それでもおれは、おれの思いを伝え続けたいんだ」
老虎は「わかったよ」と苦笑いをして見せた。
「あんたの声がその少年に届かなかった場合、その子は覚醒の儀を受けるために、太陽の塔に行くだろう」
博士はそう言った。
「こちらにある古文書では、覚醒の儀が行われるのは、月の神殿だと記されているけれど、王宮の古文書は太陽の塔となっているんだ。この違いはなにか? どちらが本物で、どちらが偽物か。
この古文書を詳しく調べたけどね。こっちの古文書にはあまり不信な点は見受けられないよ。王宮にはカースの内通者が複数人いるという報告があるくらいだ。古文書の改ざんが、カース一味の仕業だとしたら——。
太陽の塔には十中八九、カースが待ち構えているだろうね」
博士は眼鏡をずり上げて一同を見渡した。
「いいかい? 太陽の塔というのは、王宮で管理している神聖なる場所だ。王宮の奴らは、そこに軍隊を派遣することができないんだ。そうするとどうなるか。わかるね? 老虎」
老虎は、博士の視線を受けて頷いた。
「つまり——王宮の奴らは、太陽の塔に黒猫を連れていく場合、少人数で行くしかないってことだろう? なあ、それじゃあカースの思う壺だろうが」
「だね。多分——ピスやエピタフが同行することになるはずだ。……とはいえ。あのサブライムだからね。あいつがくる可能性も多いにあるね」
スティールは顎に手を当てて唸った。老虎は王であるサブライムという男を思い出した。そして、エピタフ——。
逃亡する瞬間。サブライムとエピタフが近づき、そして親しげに視線を交わすのを見た。
(クソ。面白くねえ)
亜麻色の髪を持つ、輝くような太陽王と、白雪の兎はお似合に見えたのだ。イライラとする気持ちが収まらない。老虎はそのことで頭がいっぱいになる。落ち着かない気持ちになって、視線をあちらこちらに彷徨わせた。
「おれたちはどうする?」
ガズルの問いに、博士が太陽の塔の見取り図を広げた。老虎も、自分の気持ちから意識をそらすため、努めてその見取り図を見つめた。
太陽の塔とは、何百年も前から信仰の象徴として建設されている塔だ。遥か昔、この地上に粛清を下した神を、人々は恐れ、そして敬った。歴代の権力者たちは、みな、神に近づこうと、こうして天にも昇るような塔の建設を始める。
しかし、塔はいつまでたっても完成することはなかった。神は人々は自分の元にくることをよしとしなかったのだろう。塔は度々、天災に見舞われ、破壊され、なかなか完成することはなかった。それが太陽の塔である。
塔は王都から少し離れた郊外に位置する。その高さは計り知れない。何百年という月日をかけてきた塔だった。地上から見上げると、その先端は雲の中に紛れ込んでいて、誰もその先を見たことがないのではないか、と思うくらいだった。
「太陽の塔が実際に使用されているのは、ここ。地上から数えて55階までだ。この見取り図を見ると、祭壇が据えられているのは53階だね。ここで歌姫の覚醒の儀が行われるはずだ。
この塔の入り口は一つだ。歌姫たちが率いてくる親衛隊は神聖なる祭場にまでは連れていけない。ということは、彼らがこの入り口付近に待機することは目に見えているね」
「そこを突破するっていうのか? 王宮の親衛隊だろう? おれたちじゃあ、どこまでやれるか……」
ガズルの言葉に、博士は「だからね——」と愉快そうに口元を上げた。
「私たちは空から直接、乗り込むんだ。——飛空艇で、外から穴をあけるんだよ」
老虎は驚いて、思わずスティールを見た。スティールは事前に承知済みの話なのだろう。彼は大きく頷くと、そこにいるメンバーたちを見渡した。彼の目は悪戯に光る。かなりの妙案が、彼の中にある、ということが理解できた。
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