第29話 王妃は加護持ち転生者
第一王女に連れられて、やってきたのは、本来であるなら、冒険者の認定を行う、いわば試験場。
「1000本ダッシュ!はじめぇー!!」
「ヒィィーーー!!」
見た目は、ただの訓練場。
観客席はもちろん無いが、形状はドーム型グラウンドだ。
やたらと、だだっ広い。
そのグラウンドの片隅には、魔法使い用の的やら、武具の箱が置かれていた。
中には、弓やら剣が無造作に放り込んである。
「おそーい!!貴様!!私腹を肥やしていた勢いはどうしたぁーー!!」
「すみませーーん!!」
それから、広いグラウンドには似付かわない書類の山、金貨の山、金塊の山、宝石類の山。
とても、冒険者の試験場とは思えない。
「周回遅れのヤツから燃やす!!」
「「「それは勘弁してくださーい!!ヒィヒィ!」」」
(ひでぇ…)
現在、真剣を持った女性に怒鳴られて、20人ぐらいの貴族風老若男女が水着姿で、グラウンドに引かれたラインに沿って走っていた。
通常のグラウンドラインが200mだとすると、ここに引いてあるラインは、ゆうに1kmを超えている。
駅伝やマラソンによくある、給水所は設けてあるから、マジなのだろう。
先程聞こえていた1000本ダッシュとは、つまり、1000kmをダッシュ…全力疾走させられているという事なのだ。
走っている全員が水着、真剣を持った女性は、白ラインの入った赤のジャージ。
まるで、体育の女教師風である。
地球でも、似たようなスパルタ特訓は無くはない。
時代の変化によって、体罰に該当するスパルタな方針が消えつつあるってだけだ。
だが、そんな似たようなシチュエーションでも、明らかにおかしいのは、その距離と、女性が持っているエモノ。
竹刀でもなく、木刀でもなく、真剣なのだ。
異世界あるある剣ではない。
日本独自の文化から開発された、紛れもない日本刀。
鑑定の結果、その日本刀の名は『神剣 マツケン•サンバ』
は?
まてまてまてまて!!
そこは『神剣 政宗』でいいだろ!
とツッコミたい!
もう一つツッコむなら、『豪刀』『妖刀』は日本刀に良くあるパターンだが、『神剣』は日本刀にはない。
『聖剣 エクスカリバー』的な剣なら、納得はできる。
日本刀で剣と呼ぶのはダメだろ?『神刀』なら納得できるけど…と思うのは間違ってないはず!
しかし!
『神の刀』なぞ、日本刀にあるわけがない!
そもそも、異世界に『日本刀』という概念はない。
あるとするなら、『剣』、『刀』。
そんな認識だ。
なら、やはり『神剣』ではなく、『神刀』と呼ぶべきではないのか?
と思うのである。
『神刀』を『神剣』と呼ぶのは、ひょっとして…と思い当たる点はあるが、すでにタイトルでネタバレしているので、あえて言及はしないでおこう。
問題は、この女性が王妃であり、見た限り、キッツイ性格をしている…という事である。
☆☆☆
第一王女が、先程と同じように、袖からスマホを出し、声をかける。
『お母様!お客様がいらしています。お時間をとってはいただけませんでしょうか?こちらは、勝負に負けて、御目通りをしなくてはならなくなりましたので。よろしくお願いいたします』
訓練所に鳴り響く王女の声。
眉をピクッとさせる王妃。
流れ的に『勝負に負けて』の部分に反応したのは想像にかたくない。
「そんな事は、1000本走ってから言え!まずは1000km勝負だ!私が負けたら時間をとってやろう!私が勝ったら、更に1000km走らせて、時間を作るのは無しだ!!」
マジかよ!
え?そっから?ってなるわ!
元々は、会うのは簡単、詳細を聞くためには、戦って勝つ…って話だったはずだ。
しかし、そんな事は言ってられない。
勝負に勝たなきゃ、時間さえとってもらえない。
つまり、こちらに選択肢は無いのだ。
「そこ!周回遅れ!来世でやり直せ!」
ブワッ!!
王妃は、そう言うと、顔色ひとつ変えず、容赦なく神剣を振り払った。
刀身からほと走る炎。
周回遅れの貴族(?)は、その一振りで、あっけなく炭と化した。
おそらくは刀身に炎系魔法を付与した遠隔放射。
ピンポイントで、しかも無詠唱で焼き尽くして炭にするあたり、やはり異世界転生ありあるなチート能力の持ち主であるのは間違いない。
(容赦ねーな)
もう何回目とかは言わないw
転生カテゴリーは『魔王』なんじゃないかとさえ思えてくる。
「よーし!!全員走るのやめぇー!!」
「「「ホッ」」」
周回遅れ寸前だった数人が、安堵のため息をつく。
「1分休憩ののち、壁際に行ってスクワット100回100セット!!セット間の休憩は30秒!!休んだものから燃やす!!」
こんな、地球でも旧世代的な訓練はやらないだろう。
何故、王族、貴族(領主含む)が、体育会系みたいな感じでやらされているんだろう…。
そんな疑問を王女に投げかけても、『お母様に聞いて下さい』の一点張りで、何も答えてはくれなかった。
それどころか、体育会系で良く使われるカウンター、押す毎に、0000から9999まで、数を数えるアレを王妃から受け取り、スクワットを数える準備をしている。
どうやら、解体勝負に勝った報酬はすでに支払った…ということらしい。
「早く来い!若造!すでに15秒たっている!」
「カウントは私が計測いたします」
王妃は煽ってくる、サオリは裏方に回ろうとしている。
『『私達、棄権します』』
レイナとマオは、勝負に関わらないと言っている。
…って、えぇーー!!
「まてまて!なんで、レイナとマオが棄権すんの?」
「「………」」
スッ…。
2人は、何も言わず消えていった。
ピアスがなくなる。
ローブがなくなる。
つまり…。
つまり…。
『喧嘩上等』『かかってこいや!』など、煽り文句の刺繍が丸見えになってしまったのだ。
「いい度胸だ」ギロリ…。
「あ、ははは…」ダラダラダラダラ
ゴルァ!レイナはともかく、マオはダメだろうがぁー!!
汗が止まらん!
王妃の圧が半端ない。
さぁ、どうなる!俺!!
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