第4話 時速180kmの戦場

 2両編成の貨物列車は夜間の緊急輸送用に使われていた。1両目はディーゼル車、2両目は長めの貨物車となっている。その2両目の後ろで、僕とマージェスは追ってくる都雅コーポの兵士が追ってきていた。

 暗視ゴーグルにははっきりと3台の車が見えていた。1台はここから500メートル先、スパイク・ダニエルバディ――SPバディのトレーラーだ。そして1キロ先からこちらに来る都雅兵が乗る2台のSUVが見えた。僕はライフルのセーフティを外し、構えた。日中の暑さが冷めた夜明けに木製ストックは冷えていた。

 マガジンの中に5発、弾薬ポーチには30発。少しは時間稼ぎができるはずだ。

 マージェスが狙うと言った左側のSUVは、たった今SPバディのトレーラーと正面衝突し、木っ端微塵になっていた。衝撃でスリップするトレーラーはフロントを潰し、スクランブルエッグのようにめちゃくちゃになっていた。しかし、中にいる2人はアトラクションを楽しむかのようにわぁわぁと騒いでいた。ここからでも叫び声が聞こえそうだった、その叫びはアトラクションで出すものと同じだったろう。

 トレーラーは激しく揺れながらも、バランスを戻し、もう一台のSUVを追いかけた。SUVに乗っていた都雅兵が拳銃片手にトレーラーを撃つ。そして、助手席にいたスパイクが粉々に砕けたフロントガラスの残りを蹴破って応戦していた。もうどっちが追いかけられる側なのか分からない。

 ストックをいい具合になるように構え直し、右側のSUVに狙いを定める。もう既にここから500メートルくらいの距離だった。暗視カメラのぼやけた視界にうっすらと都雅の兵士の顔が見えた。


 彼らは僕達を犯罪者だと思っているのだろうか?

 全く無意味な追走劇なのに命をかける必要があるのか?

 彼らはますます距離を詰めてくる、これ以上来るんじゃない!

 殺さねばならなくなるんだぞ!

 

「おい、油断するな」

 マージェスは僕にそう言うとSUV前方の地面に向けて弾丸を叩き込んだ。威嚇射撃だ。しかし、それに動じる事なく相手はむしろ速度を上げたように見えた。SPバディのトレーラーはとうとう追いつく事ができず、白煙を出し始めて減速し、朝日が作る暗闇と共に路線に置いていかれた。

 ――200メートルの距離。

 先頭車両からアルヴィナがスピードを上げるように叫ぶ声が聞こえた。しかしこれがディーゼル車の限界のようだった。僕は覚悟を決める。2発をSUV側の地面に向けて放った。枕石や線路をかすった弾丸が火花を散らす。こっちへ来るなと手を大きく振るがやはり相手は応答しない。

 ――150メートルの距離。

 マージェスが最終警告として、運転手側のサイドミラーを2発使って破壊した。もう暗視カメラがSUVのランプで役に立たなかったので剥がすように外す。助手席にいた都雅兵が上半身を出して、銃撃を始めた。僕達はその都雅兵の獲物を見て咄嗟にディーゼル車2両目のコンテナ状の貨物室へ身を隠した、あれは軍用アサルトライフルだ。拳銃弾ではとても撃ち抜けない分厚い車体を貫通し、内部で暴れ回っている。トレーラーを収めていたコンテナは穴だらけになった。相手は元から殺すつもりで来たんだと冷や汗がどっと流れた。

 ――50メートルの距離。

 僕とマージェスは交互に身体を乗り出してはSUVに向けて全弾を撃ち、装填を繰り返した。SUVは装甲車のように頑丈だった。グリルを狙ってもエンジンルームまでに弾は届かず、フロントガラスもヒビが入るだけで食い止める事はできなかった。手汗がじっとりと手袋の中を蒸らしていた、数発の弾を落とした。それは電車の揺れに跳ねて、ヤスリのような地面に吸い込まれていった。

 ――5メートルの距離。

 僕はスタングレネードを取り出す。マージェスがカバーすると一言告げる。彼は車両の前方に行くよう指示し、僕はそれに従った。貨物室の前方、1両目との繋ぎ目まで着くとピンを抜いて指で3、2、1とカウントダウンした。マージェスもカウントダウンに合わせて上半身だけ出してライフルを連発した。そして僕はスタングレネードを空に向けて思い切り投げた。

 宵明けの空でそれは太陽のように輝いた。


 †


 薬品の情報が漏れるのを防ぐために、海底トンネルに入る電車と車の脱出ルートを想定しておいて本当に良かった。それに車での脱出ルートには上司のキング・Dが向かったおかげで自警団の大量なトレーラーを食い止められていた。奴らは反撃を続けているが、いつまで持つか。キング・Dはいま心底楽しんでいる事だろう。

 そしてウチもこの状況を楽しんでいた。あの忌々しい薬品『JeLM』を奪い返せる事と、逃した男を始末できると言う事に。サイボーグの星紀夙夜に課せられた汚名を晴らさねばならないのだ。

 スタングレネードに一瞬、目眩しをされた部下の兵士がSUVのハンドルを急に切り、後部が激しく振られる。左右に激しく揺れる様は振り子のようで、遠心力を感じた。肌寒く感じて着用したポンチョの紐がゆらゆらと動いていた。

 ――ちょうどいい。今度はこっちが驚かしてやろう。

「後ろをもっと激しく振って」と叫び、左側の窓ガラスを蹴破った。

 どんな命令にでも従順で優秀な部下は意図的にハンドルを大きく切る、右側に重力がかかると同時に両脚を壁に押し付けた。

「今よ!」

 反対方向にハンドルが切られるのと同時に脚を蹴り出し、遠心力と脚部の力を最大限に使って車内から飛び出した。

 朝日の昇る星ヶ島はとても綺麗だった。夜の内に冷め切った清らかな空気が身体を包む。猛烈な風もこの瞬間だけはそよ風のように髪を撫でた。心の激しい高揚を、禅を組むように落ち着かせてくれた。

 ――目をゆっくりと閉じる。

 身体を前に回転させ、踵を貨物車のコンテナに当てると、扉を開くように内側に捲れ上がり、ウチを迎えてくれた。上半身には何も衝撃を感じなかった。この特殊チタン製の骨盤に収められたあらゆる技術が、身体にかかる物理の限界を切り離していた。下腹部で生身と機械に接続していた箇所がわずかに切り離され、電磁力でその空間を維持する。それはまるで宇宙にいるかのように錯覚させた。

 ――そして、目を開ける。

 朝日は既に夕焼けのように辺りを照らしていた。その橙の空を認知するとともに、置いてきた世界の刺激が追いついてきた。さぁ、ここからは夙夜の時間だ。


 2人が車両前方の扉を開けて銃を向けた。金髪の女と華奢な青年がサブマシンガンの全弾を放つが、そんな弾で死ぬものか、すかさずコンテナの壁面に足先の刃を食い込ませて壁ごと捲り上げた。鋼鉄のカーテンに拳銃弾は音を鳴らす事しかできず、バラバラとポリリズムを刻むような音が貨物庫に響いた。

 そのまま、右ふくらはぎから高周波カッターを一枚展開し、捲った壁を蹴り上げるように斬る。摩擦と高周波で赫く灼けた刃がめらめらと空気を揺るがせた。カッターもろとも切断した壁を蹴り飛ばすと、膜に指を入れたような形のとなり、地面を引っ掻く轟音と共に貨物室の中の備品と1両目のディーゼル車の制御室の一部を破壊した。カッターは切れ目に沿って砕け散り、壁や床に突き刺さっていた。薄暗い貨物室をぼんやりと照らす様はまるで蝋燭のようだった。この瞬間が最高に気持ちいい。思わず笑みが溢れた。

 前に進み、相手が生きているか確かめる事にする。一歩進むごとに足音が響き、足裏はソナーの受信機として機能した。そしてその信号は電車の揺れというノイズを取り除き、骨盤を通して、神経系に伝えられた。その神経を通った信号は首輪端末で再度変換され、ホログラムとして波型が映し出された。

 心音がまだ残っている。銃を撃った2人はまだ生きていて、立っていた。1人は血液を滴らせながらもウチを殺そうとサブマシンガンをリロードしていた。身体は小さい、女だ。

 もう1人は車両左側から撃ち続ける部下へ反撃をしているが、彼は女より多く血液が流れていた。

 居場所を捉えた所で脚を早める。早々に仕留めよう。そうすれば、あの黒ずくめの男に集中できる。

 ――待て、あの男はどこに?

 そう疑問に思った時。彼は後ろにいた。部下の攻撃を掻い潜り、貨物室後方の扉を開け、1人で入って来たのだ。そして、右腕から血を垂らす女が飛び出して、サブマシンガンを構えた。後ろに目をやると、男はライフルを構えていた。全長20メートルほどの貨物室で挟み撃ちの状態だ。

 連中はもはや同士討ちを恐れるよりも、確実にウチを仕留めたいようだった。先に女がサブマシンガンを放つ。また同じ事をするつもりなのかと思いつつ、先程とは反対側の壁面を左脚で捲り上げ、弾を受け止める。そして、右足の向きを変え、左脚でサブマシンガンと同時に放たれたライフル弾の軌道を変えた。くそっと女が叫ぶ声が心地よい。

 あの男を仕留めよう、ウチは駆け出した。男は何発もライフルの撃鉄を叩く。1、2、3、4発目……そのいずれもこの身体に届く事はなく、貨物室の壁や脚部で受け止められた。弾切れになった彼はライフルを捨て、拳銃を構えようとチェストリグに手を伸ばした。近づくにつれて、男の姿が明白になる。明るい茶の髪の一本一本、まつげの長い美しい青の眼。右脚を蹴り上げれば彼の全てを台無しに出来る。それは確信だった。

「アルヴィナァ!」睨みを利かせながら彼は叫ぶ、そして貨物室の内鍵を解放した。

 アルヴィナと呼ばれた女は何も躊躇う事なく、グレネードを投げ込んだ。それも1個だけでなく、3個も。そして彼を見捨てるように扉を閉めた。

 罠、単純な罠だ。しかし、自滅的すぎた。

「まさか、死ぬつもり!?」

 つい先ほど前殺そうとした男へ思わず問いかけた。男は己にさえ無情に拳銃の銃口を、グレネードに向けた。

「超特急で行こうぜ」

 右脚が扉を蹴り開く前に、後ろから炎、衝撃波そして音が貨物室を包み込んだ。

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