第57話 男の願い

「そうですけど……わたくしに何かご用ですか?」


「…………」


 無言が場を支配し、男の黒コートが風にはためく音だけが、時間が経過し続けていることを表していた。


「そうか……あなたが……」


「……? もう一度問いましょう。私に何かご用ですか……?」


 男が仕掛けてこないことに違和感を感じながらもフィリネは問う。──すると、男は一瞬迷うような素振りを見せ……。


 ────その場に、跪いた。


「フィリネさん、先程までの無礼をどうかお許しください。そして願わくばわたくしめの頼みを一つ、聞き入れて頂けはしないでしょうか」


「え、ええっと……」


 フィリネは困惑するしかなかった。先程まで敵対意識を向けられていた相手からいきなり「頼みがある」と言われれば、それも当然と言えるだろう。

 とは言え、まだ気を緩めてはならないのもまた確かだ。フィリネは動揺が男に伝わっていないことを祈りながら、頼みが何か分かるのを待つしかなかった。


「どうか……このわたくしめを、フィリネさんのお仲間に加えては頂けませんか?!」


「…………え?」


 フィリネは再び困惑した。

 仲間に? なぜ? フィリネたちのパーティが一応勇者の所属するパーティだということは、世間一般には知られていないはず。だとするならばなぜ、この男はフィリネたちのパーティに加えてほしいと言ってきたのだろうか。


「理由をお伺いしてもよろしいですか……?」


「聞きました。あなた方四人がトゥリュングスを討伐したこと。

 わたくしめの村はなんとかその支配の外にあったのですが、村には友人がいまして……いつか救い出そうと鍛錬を積んでいたところに、あなた方があの村を救ってくださったとの話を聞いて──居ても立っても居られなくなってしまいまして……」


「それでわたくしたちのところに直接乗り込んできた、と」


「ええ、この街で探し続けていれば、いつかは出会えるだろうと思いまして。そこで前回大会のフィリネさんの活躍を聞いて、もしかしたら今日、ここに来るかもしれないとヤマをはらせていただきました」


 申し訳無さそうに頭を下げながら言う男に、フィリネはそろそろ警戒を解いてもいいかと、張っていた肩肘を緩める。


「──話は分かった。だけどどうせなら、一つ条件を儲けようかと思うんだ」


 唐突に聞こえた声に、フィリネは後ろを振り返る。そう言ったのはヘレンスで、彼は楽しそうに笑っていた。


 アイコンタクトで勝手な条件の了承を全員から得たヘレンスは少し前に出て話し始める。


「お前の思いは分かった。──だが、はいそうですかと入れるわけにも行かないんだよな」


「それはもちろん。なので────」


「「この大会で価値を示してみせろ」」


「ですよね?」


「あぁ。わかってるなら問題ないさ」


 何やら二人の間に、視線の火花が散ったような錯覚を覚える。


 ついていけないままのフィリネは男の名前だけを問うことにした。あとの処理はへレンスに任せればいいだろう。


「名前だけ、お伺いしても??」


「アルベルトです。では、また後日」


 黒コートの男──アルベルトは、それ以降特に何も言うこともなく去っていく。


 フィリネ達はちょっとした不安を抱きながら、その姿を見送るのだった。

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