第48話 精霊との特訓

「風に……なる?」


 言葉の意味が分からず、フィリネはしばし首を傾げた。フィリネは今まで風を『使ってきた』ことこそあれど、『風になる』なんてことは経験がなかったのだ。


「ああ、そのままの意味だ。これから君には風になってもらう」


「その……何か特別な魔法でも使うのですか?」


 特別な魔法を用いてフィリネを風という存在そのものに変化させ、風の力に慣らすという訓練だろうか。


 それならばまだ理解ができる。一人納得して、心の準備を整えようとした矢先、フィリネは自分の耳を疑うこととなった。


「ん? 違うぞ?」


「……え?」


「俺の風で、君の周りを囲ってやる。だから――安心して、風になってこい」


「そんな発想をする存在がこの世にいたのですね……」


 どう考えても自分の案よりひどいことはないだろうと思っていたフィリネは、自分の考えの甘さを悟った。


 目の前の精霊はすでに風を起こしており、あとはフィリネの準備さえ整えばいつでもいけるといった様子だ。


「その……そんな特訓で、どうやって身体に慣らすんです……?」


「俺がコントロールしている風を、君が奪い取れ。そうすれば終了だ」


「……それだけです?」


「フフッ、まぁやってみれば分かるよ、嫌でもね」


 その一言で、フィリネの身体の特訓は始まった。


    ◇◇◇


 結論から言うと、フィリネはこの特訓で何度か死にかけた。


「速い速い! ちょっとこれはいくらなんでも――」


 ドンッ!!


 精霊の操る風によって壁に衝突するフィリネ。その様子を見て、精霊は笑うばかりだ。


「ほらほら、早くしないと、こうしている間にも君の身体はどんどんダメージを負っているんだぞ?」


「そんなこと、言われても……ッ!」


 壁に激突したのはこれで何度目か数えることもできない。たんこぶの上にたんこぶを重ね、ぶつかる度に強い痛みが頭部を襲う。


 そんな状況では策を練ることも、力押しで攻略することもままならなかった。


「時間がかかるとは思ってたけど、おっそいなぁ! その様子じゃコツもつかめてないんだろ」


「だとしたら……なんだと……」


「――――いいよ、休憩だ」


「休憩なんてわたくしには――」


 抗議の声を上げようとしたが、精霊の発した言葉に遮られる。


「なんだかなぁ! もう少し強欲になりゃいいんだけどなぁ!!」


「…………?」


「この世のすべては私のものだ。だからお前らはそれに従え。――それくらいの気迫がなきゃ、誰も好き好んで知らない奴のいいなりになんてならねぇよなぁ!!」


「…………」


 やけに大きい声で語る精霊に、フィリネは戸惑う。


 ただ、脳裏に浮かんだのは――。


『俺がいくら意味を込めようと、最終的にはそれは君が感じ取るものだよ。俺に強制できる範囲のものじゃあない』


「……まさか……」


「どうした? 俺は少し水を飲んでくる。戻ったら再開するぞ」


 フィリネはその呼びかけに答えないまま、何やらぶつぶつとつぶやいていた。


    ◇◇◇


「そろそろ始めるが、準備はいいか?」


「もちろんです。わたくしはコツを掴んだので、一発でクリアして見せますよ」


「さっきまでさんざん壁にぶつかってた奴のセリフかねぇ。まぁ、そこまで言うなら始めようか!」


 精霊が言うと、フィリネの周りを風が取り囲む。普段フィリネが扱う折も、もっとずっと力強い風。


 その風はフィリネの身体に絡みつくようにして、フィリネを壁にぶつけんとしてくる。


 押し出されて、押し出されて、あわやぶつかるというところで……その風は、動きを止めた。


「方向転換。そのまま、精霊の方へ進んでください」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、風はまったくぶれることなく、精霊の方へと向かう。


「せやぁッ!」


 すれ違いざま、ナイフで一閃。


 ――まぁ、精霊にはよけられてしまったのだけど。


「そこまでしろとは教えてないんだけどなぁ」


「わたくしが何度も壁にぶつけられた恨みですよ。これは」


「フハハッ! まぁいいよ。とりあえずこれにて特訓は完了だ。ドラゴンとの戦いで使ったくらいの力。その半分なら、普通に使っても問題ないだろうさ」


「それでもまだ半分なんですね……」


「もっと強い風に慣らせば全力使用も可能だが……」


「今はやめておきます!!」


 フィリネは全力で首を振った。さすがにもっと強いものに続けて挑もうという気は起きない。


「それなら仲間のところに送るが……俺に言うことはないか?」


 胸を張って何かを待つ精霊。


 しばらく考えたのち、フィリネは口を開く。


「次にわたくしがここに来たら、全力のあなたの風を奪い取ってあげますよ!」


 その言葉を聞いて、精霊はニヤリと笑うのだった。

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