第46話 精霊からの告白

「死……ぬ……?」


 目の前の風の精霊(フィリネとしては認めたくはないが)に言われたことに、フィリネは思わず思考が止められた。


 死ぬ? なぜ? 意味が分からない。まだまだ為さなければいけないことはたくさんあるのだ。勇者様を魔王軍の手から解放し、ともに魔王を打ち滅ぼさなければならない。それなのに、どうして数か月で死ななければならないのか。


 高ぶる激情を抑えながら、どうにか平静を取り繕うフィリネが口を開く。


「事故……ということですか。それとも、戦闘によるもので?」


「ハァ……人の話を聞かない人間は嫌いだよ。『俺の力を使いすぎて』って言葉、聞こえてなかったのか?」


 呆れたように頭を掻き、もう一度こちらにも聞こえるようにため息をつく。


「ハァ……」


「――ッ、それなら、その言葉の意味を教えていただいても?」


「良いけど……そのまんまの意味なんだよね」


 それきり黙る精霊。フィリネもその少しの時間で施行するが、残念な不柄納得のいきそうな回答は見つからない。


 そもそもの話だ。今までもさんざん力を使うことはしてきた。それなのに、なぜ今になっていきなりそのような警告をするのか。体調に不調は見られないし、精神がどうにかなってしまうということもない。


 ともすれば、これはこの精霊が言い出した嘘なのではないか――。


 そんな考えがフィリネの頭をよぎったとき、目の前の精霊がパンと手を打ち鳴らす。


「そーだ。少し言い方を変えればいいのかもしれない。なら言い方を変えてみよう」


 そうすると、こちらを一切気にした様子もなく、一人で考え込み始める。


 十秒ほど経った後、その精霊は、今度はこちらを気にしたように言葉を発した。


「君は、今の調子で俺の力を使い続けると、あと数か月ほどで死ぬよ」


「……ですから、その要因は何かということを聞きたいのですが?」


「これは驚いた。心当たりはあるものだと思ってたけどねぇ……。しょうがない、ちょっとその場で目を閉じてみな」


「…………?」


 疑問を抱きながらも大人しく指示に従うフィリネ。自身の足元の光と目の前の精霊が纏っていた光が消え、代わりに本当の暗闇がフィリネのすべてを支配する。



 それは、一瞬のことだった。


 ほんの少し、感じるか感じないかの風。それがフィリネの近くを通り過ぎていく。


「良いよ。目を開いても」


 その声が聞こえてすぐ、フィリネは目を開いた。


 変わらず目の前には精霊がたたずんでいて、そこは何ら変わっていない。


 となると、先ほどの風はフィリネ自身に何かしらの影響を及ぼしたのだろうか。そう思ってつま先から順に眺めようと下を向く。


 そこに、先ほどとは違うモノがあった。


 先ほどまでただ淡く光っているだけだったフィリネの足元に、人間の死体らしきものが転がっていた。


「――ッ!」


 唐突に見えた死体に、条件反射的に顔を背ける。こみあげてくる吐き気を抑え、死体を目に入れない体勢のままフィリネは精霊に問う。


「いきなりこんなことをして、何の意味があるんです……?!」


「俺がいくら意味を込めようとも、最終的にはそれ《意味》は君が感じ取るものだよ。俺に強制できる範囲のものじゃあない」


 答えを教えてあげるのは簡単だけど、今の君は何を言っても聞き入れてくれそうにないからね、と精霊が付け加える。


 フィリネは少しむっとして、それから顔を背けずにもとの位置に戻した。


 視線の先にある死体は、目も当てられないほどひどいありさまだった。内側から爆散したかのように肉が飛び散り、身体の外も内も、一瞬でさえ見たくないようなおぞましさを感じさせる。


 だが、この死体には精霊からの意味がある。フィリネは今、それを感じ取らなければならないのだ。


 胃からせり上がるすっぱいものと戦いながら、フィリネは死体を眺め続ける。


「……一つ」


「どうかしたのかな?」


「一つだけ、嫌な可能性を、思いつきました」


「ふぅん?」


「あなたがさっき言ったことと、今ここでこの死体を出した意図、それらを考慮すると……」


 精霊は何も言わずに黙っている。


「――――この死体が、数か月後のわたくしの姿、ということですよね?」


「………………ご名答」


 やはり……と言うべきだろうか。どうして嫌な予感に限って当たってしまうのだろう。思えばドラゴンのときも――。と、そこでフィリネの思考を遮るかのように精霊の声が響く。


「君は今回の戦いで、今の君の許容量以上の俺の力を使ってしまった。使えるようになってしまった。――――だから、このままいくと、身体の内側から俺の力に食い破られて、爆散する」


 精霊は静かに――――されど、やや口角を上げながらそう答えた。

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