第45話 暗闇の中

 フィリネが目を覚ますと、辺りは見たこともないほどの暗闇だった。


 唯一似ているとするならば砂漠地帯での夜がこんな感じだったが、それにしては風も寒さも──どころか、足に伝わるはずの砂の感触さえも感じられなかった。


「ここは……何処なんでしょう? アイシャもヘレンスもジュークも……戦っていたドラゴンもいないですし……」


 戸惑いながら周囲を見回しても、見渡す限り漆黒の闇に覆われている。ただフィリネの足元だけが、フィリネの存在を示すように淡く光っていた。


「あの……どなたがいらっしゃいませんか? いらっしゃればここがどこか教えてほしいのですが……」


 返事は帰ってこない。しばらく待っていたが、やがて諦めて前方(と言っても本当に前に進んでいるかもわからない暗さだが)に歩いていく。


 いつまで経っても変化のない景色に、だんだんフィリネの心も疲弊していく。


「本当に……誰もいないのですか……?」


 自分がなぜこの場所にいるのかも、どうやって来たのかも分からない。


 もしここから出られないままだとしたら? フィリネは死んでしまったのか? 疲弊していく心に呼応するように、嫌な考えが頭をよぎる。


 止まらない嫌な考えを振り切るように頭を振った。


「本当に、一人でなんとかするしかないようですね……!」


「────いや、別にそうでもないんじゃないかなぁ?」


「────! だ、誰です?!」


 声のした方を向くと、そこには透明なヴェールのようなものに覆われた、人間の形をした存在がいた。


 声の低さからして男性だろうか。だが背丈はフィリネよりも低く、声変わりが終わったあとの子どもを想像させる。


「誰だなんて、ひどいなぁ。せっかくこうして姿を現してあげたのに」


「それはありがたいですが、素顔すら見せない人に出てこいと頼んだ覚えはありません」


「うわぁお、辛辣。でも────俺が誰かは、君もよく分かっているんじゃないのかなぁ? ねぇ、フィリネ」


「──!」


 教えたはずのない名前を呼ばれ、フィリネは一気に警戒度を引き上げる。腰に据えたダガーを抜き、いつでも攻撃できるよう構えた。


「あーもう、そんなに警戒しないでよ。面倒だなぁ……」


「…………」


 相手に動く気配はない。フィリネは先手必勝とばかりに、小声で魔法を呟いた。


「風よ、我が足に集いて、地を踏みしめる力となれ──」


 呟いてすぐに、フィリネは足を一歩前に出す。その力は風によって増幅され、一直線に相手の元へ────。


「──出ないよ」


「え?」


 行かなかった。いつもと同じ感覚で跳躍しようとしたフィリネだが、前につんのめってそのまま倒れ込んでしまう。


「な、なんで……」


「君なら分かってるでしょ。その魔法の力はどこから来てるのか」


「そんなもの、風の精霊の力に決まって──」


「それだよ、それ」


「…………?」


 目の前の少年らしき存在の言葉と、今起こっている事実が、頭の中で結びつかなかった。困惑に表情を歪めていると、謎の人物から更に言葉が続けられる。


「だ か ら、俺だよ、俺。その精霊ってやつ」


「どういう……ことです……?」


「俺がその風の精霊ってやつで、君の力の源なの。オーケー?」


 そう言われても、フィリネには何が何やら分からない。よしんば理解できたとしても、信じることは到底できそうになかった。


「んー……分かった。それじゃ今ここで、もっかい同じ魔法を発動してみなよ。今度は上手く行くはずだからさ」


「そんなこと言われても────。いや、やればいいんですよね?」


 フィリネはこの謎の存在を信じたわけではない。ただこうした方が、目の前の奴の嘘を暴くのに好都合だと思っただけだ。


「風よ、我が足に集いて、地を踏みしめる力となれ──!」


 一歩を前に出し、その勢いで──今度はとてつもないスピードで前に進む。


「言った通りだろ?」


「いえ、先程の魔法が不調だっただけかもしれません。他にも考えられる要因は」


「君、めんどくさいな……。いいよ、もう一回やらせてあげる。その代わり、次失敗したら、そのときは俺が正しいってことだ」


「いいでしょう。──風よ、我が足に集いて、地を踏みしめる力となれ!」


 そして今度の魔法は────失敗。そのままずっこける。


「はぁ。そろそろいい? 俺も暇じゃないんだよ」


「…………認めたくありませんが。──それで、一体何の用なんです? わたくしも今、大事な戦いの最中なのですが?」


「その戦いで、俺の力を使いすぎたからこうして警告に来てやってるんだが……まぁ、単刀直入に言おうか」


 精霊はそこで一息置き、呼吸を整える。


「君は、何もしなければあと数ヶ月程度で死ぬと思うよ」

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