第44話 一手から見えるモノ

 ジュークが、矢を基とした槍をドラゴンの目に叩きつける。


 その瞬間――――突風が、吹き荒れた。


 大型台風もかくやというほどの風の衝撃が、ジュークが叩きつけた槍を起点として荒れ狂う。


 しかしその暴風は、ジュークを含めた四人には、何ら害となることはしていない。


 ただ一匹――ドラゴンだけが、自身の体を砂塵の嵐が削る苦痛に呻いていた。


 GAAAAAA!!


 何度か咆哮をするが、風が一向に弱まる気配はない。


 そんな時間が数分続き、やがてドラゴンの鱗にひびが入ると――。


 ドラゴンの体から爆音が轟き、まるで細長い風船を思い切り吹き延ばしたかのように、ドラゴンの体が出っ張る。それらは次々と起こり、風と同じく止む気配を見せない。


 その様子を最も近くで眺めていたジュークは、ただひたすらに驚くことしかできなかった。


「な、なんだい……これは……?」


 驚きのあまり言葉が紡げないのも、この状況においては仕方ないだろう。何しろ少し前まで自分たちを追い詰めていたドラゴンが、四人の全霊の攻撃によって水風船と変わらぬ動きをしているのだ。驚くなという方が難しいだろう。


「あれは主にアタシの仕業だよぉ。ちょっとだけ、フィリネの指示に独断で別のものを加えさせていただいてねぇ」


「別のもの? 何をしたというのです?」


 いつの間にか横にいたアイシャがそう答えると、これまたいつの間にか横にいたフィリネが質問をする。


 ジュークが気づかぬ間に、全員がジュークのもとへと集合していた。


「ちょっとねぇ。生物の体内に浸透して、内部で爆発を起こさせる……っていう炎魔法を習得してたから、試してみようと思ったんだよねぇ」


「あまり戦闘後の想像はしたくない魔法ですね……しかし、それならなぜ今まで使わなかったんです?」


 純粋なフィリネの疑問。フィリネが言わなければ、ジュークが同じことを言おうと思っていたが……。本当になぜ、これまで使わなかったのだろうか?


「あぁ、その理由は簡単だよぉ。この炎は染み込ませるまでが難しくてねぇ、ドラゴンみたいな鱗があったらもちろん、アタシたちの皮膚すら浸透できないのよぉ」


「…………つまり、どういうことだ?」


「ヘレンスは少しは考えようねぇ? つまりは、対象の体内に直接染み込ませる必要があるってことなのよぉ」


 それでもまだピンと来ていない様子のヘレンスに、アイシャはさらなる説明を加える。


「注射ってあるじゃない? アタシはあれ嫌いなんだけど……じゃなくて、あんな感じに、体内に直接入れ込んであげないと駄目なのよぉ」


「そういうことか! やっと理解できたぜ」


 ヘレンスもやっと分かったらしく、顔をほころばせている。だが――。


「一つ……いいかな?」


「珍しいねぇ、ジュークがこんな風に質問してくるなんて。何かあったのかなぁ?」


「それならどうして、今回は使おうと思ったんだい? ドラゴンには鱗があるし、それが削れたとしてもその下には皮膚があるはずだよ。――なのになぜ、アイシャはその炎を使ったんだい?」


 それが、ジュークの疑問だった。削れるかどうかも、体内に届くかどうかもわからない博打を、アイシャはこの状況で打ってみせたというのか。


「あーなんだ、そんなこと? そんなもん――フィリネのことを信じてたからに決まってるよぉ」


 そこから一拍おいてまた、アイシャは話し始める。


「フィリネが鱗と皮膚を削ってくれるって信じてたから、アタシもこの技を使えたんだよぉ」


「そう、か……」


 得意なものも、生きてきた時間も全く違う仲間たち。だが、ジュークにはまだ学ぶべきことが多くあるのかもしれない。


 もちろんジュークが仲間を信頼しておらず、その逆もまた……などということはまったくない。しかし、無根拠に信じることにはまだ抵抗があった。


「──ところで、あれだけ体内で爆発が起きているのに、まだ死んだ様子がないねぇ……?」


 アイシャの一言でドラゴンの方を見ると、たしかにまだ動いているのが見える。放っておけばこのまま死ぬだろうが……。


 ジュークは一歩、また一歩とドラゴンの方へと進む。


「危ないぞジューク!」


「そうです! まだ何かを狙っている可能性も──」


「大丈夫だよ。二人とも」


 ヘレンスとフィリネを制して、ズンズン前に進む。


 悶え苦しむドラゴンの元へ到達して、ジュークは誰にも聞こえない程度の声で呟いた。


「儂にはまだたくさん学ぶことがある。それに気づかせてくれただけでも、感謝するとしようか。

 ──ここで倒すのが、考えを改めた儂の、せめてもの恩返しだよ」


 一瞬、静寂が場を支配する。


 もとより何も聞こえていないフィリネたちだけでなく、身を削られ続けるドラゴンさえも、その瞬間は黙っていた。


 目の前のジュークの顔から、感謝以外の表情が読み取れなかったからか、また別の理由かは、誰も預かり知らぬところである。


 ジュークはそのまま拳を振り上げ──ドラゴンの顔に、叩きつけた。


 辺りにはただ風が吹く音と……ドサッと、何かが落ちるような音が、響いたのだった。

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