第43話 四人での一手

 フィリネは、不思議と落ち着いていた。


 こちらが全力以上でやらねば、誰かに手を下されずとも力尽きてしまう状況。満身創痍の中での、全身全霊限界突破。その状況下においても、なぜかフィリネの直感は「できる!」と断言していた。


「限界突破はいいけどぉ……具体的にどうするとかの案はあるわけぇ……?!」


 攻撃の手を休めることのないまま、アイシャが問うてくる。今の彼女にできる全力の攻撃を繰り広げてはいるがしかし、致命傷を与えるには至っていない。


「それは……通じるかは分かりませんが、わたくしの考えた案はありますので!」


「それならいいが……できれば早くしてくれ……! こいつ、そろそろ熱風牢獄を破りそうな動きをしてる……!」


 その言葉にハッとしたようにドラゴンの方を見る。――ヘレンスの言う通り、先ほどまでただ攻撃を受け続けるだけだったドラゴンが、徐々にその動きを取り戻しつつある。お互いに満身創痍ではあるが、この状況下でまともに戦えば敗北するのは間違いなくフィリネたちだ。そう悠長にしていられる時間はなかった。


「分かりました。皆さんの命と最大の一撃、わたくしが預からせていあt抱きます……!!」


 フィリネは戦い続けながら、他の仲間に指示を出す。


「ヘレンス! ファンネル・アローを! なるべく本数を増やして、なおかつ滞空時間を長めにお願いします!!」


 その指示を聞いた瞬間、ヘレンスは半ば怒りの混じった声を上げた。


「フィリネ……よくも言ってくれるなぁ! 滞空時間を延ばせって言うけど、結構難しいんだぜ!?」


「可能な限りで結構です! あと、増やすのは滞空時間だけじゃなく本数も!!」


「――分かったよ! それこそフィリネの言ってた、限界突破ってやつだなぁッ!!」


 やけくそ気味に叫びながら、持てる限りの矢を用意するヘレンス。通常三本から五本となっている矢の本数だが、今は十本以上の矢がその手に番えられていた。


「やってやるぜドラゴン! これがこの間のお返しだ! ファンネル・アローッ!!」


 力いっぱい引き絞られた矢は、空気を裂くように突き進んでいく。空中では別々でも、狙う個所は同じ一点。集束せり散弾矢。これがヘレンスの最大技術である。


 普段はすぐに集束に向かう矢の数々が、今回ばかりは上へ上へと突き進む。これでもなお狙いは違えない。それがヘレンスとしての――弓を扱う者としての矜持である。


 心の底から感嘆しながら、フィリネは次の指示を下す。


「アイシャ!! ヘレンスの放った矢の一本一本に、纏わせるようにして炎を! 屋のサイズと同じほどの大きさで、触れた先から焼け焦がすような炎をお願いします!!」


「無茶言ってくれるねぇ……全くぅ!」


 フィリネがアイシャに下した指示は、一見ただ矢に炎を纏わせるだけのように思われる。だがそれだけでは足りないことをフィリネは――そしてアイシャも、感じ取っていた。


「矢自体は燃やさないようにしながら、なおかつ超高温の炎を纏わせる……かぁ。難しいことを言ってくれるねぇ……!」


 口ではそうぼやきながらも、きちんと魔法の準備を始めるアイシャ。一度攻撃を中断し、魔法の行使をする。


「燃え上がってよぉ……もっと、もっと熱くぅ!!」


 そう言って杖を地面に叩きつけるのと同時、矢の表面に赤いものが流動的に流れていくのが見える。アイシャが、ヘレンスの放った矢に炎を纏わせたのだ。


「触れたら熱いよぉ。――やけどじゃすまないくらいにはねぇ?」


 意地の悪いほほえみを見せながら言うアイシャに、フィリネはよくやってくれたという称賛と、ねぎらいの気持ちを込めてサムズアップする。


「次はわたくしの番ですね……」


 フィリネは実のところ、自分の役割が一番心配であった。ヘレンスやアイシャが――そしてフィリネの後に事に当たるジュークも――その仲間たちが、持ちうる全力を超えた行動ができることなど、フィリネには。否、信じていた、と言うべきだろうか。ともかく、それらはすべて織り込み済みである。


 そうすると残る懸念はフィリネ自身だ。フィリネ自身が限界を超えることができなければ、他の仲間たちがいくら頑張ってもすべては無駄になる。


「……でも、やるしかありませんね」


 今まで三節の区切りで使用していた魔法。それにさらに指向性を持たせるため、四節の区切りの魔法とする。


 さらに効果を限定し明記することは出来るが、その分行使する際には精霊の力をたくさん消費する。これすなわち、フィリネの消耗する体力も比例的に増え、精霊次第では失敗する確率も高い魔法だ。


「どうかわたくしに、力を――。…………風よ、砂塵を巻き上げ、矢を鎧い、敵を貫く槍と化せ――ッ!!」


 一瞬、静寂が訪れる。


 何も起こらず、フィリネの表情が絶望に染まる。その刹那――――。


「これ……は?」


 砂漠。どこまでも広大な砂の地。その砂がまるで水にでもなったかのように蠢いた。


 かと思うと砂の塊のようなものが上空に飛び出し、ヘレンスが放った矢のもとへと飛んで行く。


 よく見ればそれは、砂の塊ではない。表面を砂に覆われた、高密度の風の塊だった。


「まさか――」


 風は砂を内包したまま矢を鎧い、その姿を強固な槍のように変化させる。


「力がわたくしに、応えて――」


 槍へと変化した矢は、風によってその速度を倍以上に飛躍させながら、集束すべき箇所――ドラゴンの目へと向かっていく。


 フィリネはあふれそうな涙をこらえながら、最後のかなめであるジュークに指示を下した。


「ジューク! 矢が集束してから着弾するまでの時間、その時間で矢をつかみ、ありったけの力でもって、その衝撃を増加させてください!!」


「――! そんな時間、コンマ数秒しかないだろうに……儂らの中で一番の老体を、無理させちゃあだめだよ!」


 などとのたまっているが、ジュークは実際には二十五歳である。老体と言えるほどの人間ではない。……まぁ、老体と間違えられてもおかしくない貫録を持ってはいるが。


 フィリネはクスっと笑い、ジュークの行動を見届ける。


 亜音速と言っても差し支えないだろうか――とにかく速く落下する矢を、ジュークは掴んだ。


 そして――――。


「これが儂らにできる、最後のお返しだよッ!!」


 その一言と共に、今だ熱風牢獄に囚われているドラゴンの目に向けて、矢――槍と言うべきか――を、叩きつけたのだった。

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