第40話 知恵の力

「知恵の力……ですか? あまりわたくしにはピンとこないのですが……」


 アイシャの言葉に、フィリネは首を傾げる。力というものと知恵というもの。


それぞれの意味は理解できるが、合わせて使われると、言葉の意味を即座に理解することはできなかった。


「あ〜もう、フィリネって意外と馬鹿だよねぇ……? 脳筋というか。──もう、アタシが指示を出すから、それまでは死なずに気を引いておいてぇ?」


 フィリネのことを揶揄しながら、普段の彼女らしからぬ行動を見せるアイシャ。


 アイシャは普段こうして人に指示を出すことなどそう多くはないのだが……状況が状況だからか、自身の持てる力を最大限に発揮しようとしている。


 子の成長を見る親のような気分に浸っていると、「ほら、早く動いてよねぇ? 今のフィリネは速さと力だけが取り柄なんだからぁ」との声が聞こえてくる。


 これは少し悪い成長の仕方をしていないか……? と疑うフィリネだったが、そんな老婆心を抱き続ける余裕は今はなかった。


 ――GAAAAAA!!


 ドラゴンが、何度目かも知れぬ雄叫びを上げる。雄叫びの音圧によって、アイシャが向かい火を起こしてできた炎のせめぎ合いが消え去る。


「一段とうるせぇ……弓の一発でもぶち込んでやりてぇが……」


「今の儂らじゃ少々厳しくないかい? 万全の状態で、その上でフィリネたちがおとりになってくれるならまだ硝酸もあるかもしれないが……」


「そんなことは分かってるよ! やることは最初と同じだが、俺ら二人はサポートもする!」


「へぇ――ヘレンスのくせにやるねぇ? 今ならテストで満点でもとれるんじゃないのぉ?」


「どんなテストかは知らないが受けるにしてもこの戦いが終わってからだな――じゃあ、お先に!」


 そう言って走り出したヘレンス。その一瞬後に、ヘレンスの動きの軌跡をなぞるように炎が放たれていく。


「熱っ……フィリネ! フィリネが動かねぇと、俺らも動けねぇぞ!」


「言われずとも、今向かっていますよ! 風よ、我が掌に集い、荒れ狂う暴風で彼の竜を打ち抜け!!」


 フィリネが叫び、それに呼応するかのように、風の塊が、フィリネの掌に収束していく。


「ホント、フィリネは力と速さだけはあるんだから……」


 アイシャが簡単とも呆れともつかぬ声を上げる。移動中にふと見たその塊は、フィリネが入っていた風の球体ほどにまで大きくなっていた。


 両の掌に生み出された直径二メートル弱の、巨大な風の塊。それらは一直線に、ドラゴンめがけて大気を突き進む。


「アタシも、準備をしなくちゃねぇ……。まぁ、アタシ自身が言い出したことだし、こういう時くらいは活躍しないとねぇ?」


 フィリネにかすかに聞こえるように、それなりに大きな声を出しながら、ドラゴンを倒す準備を進める。


「というわけで――しばらくは頼むよぉ、みんな」


     ◇◇◇


 放たれた風の弾が、ドラゴンの鱗に着弾する。――しかし、さしたる外的損傷は見受けられない。


「やはり硬いですね……であれば!」


 フィリネはしばらく空中を飛行し、自身の策を行使できる状況に持ち込む。


「――そこです! 風よ、大気に渦巻き、彼の竜の鱗を抉れ!!」


 上下左右、縦横無尽。ドラゴンの周りを埋め尽くすように、鋭く渦巻いた風が生成される。


「はぁぁぁーーッ!!」


 裂帛の気合とともに、ドラゴンという中心に向かって風が集い始める。


 ギャリリリリッッ!!


「なんだこの音!? 爪を立てたまま壁に沿わせたような――――」


「おや、鋭いですねヘレンス。その感想はあながち間違いではありませんよ」


 未だに風を思うがままに操りながら、フィリネが答える。


「風をチェーンソーのようにして、ドラゴンの鱗を削っています。それに、風の中にはこの砂漠の砂塵も含まれています。これだけやれば、いくらドラゴンの鱗と言えど、削れないわけがありません」


 実際、目の前では猛烈な音を立てながら、ドラゴンの鱗を削っている。削りきれているかどうかは怪しいが……少なくともドラゴンが鬱陶しそうにもがいている以上、効いてはいるのだろう。


「ところで……アイシャはまだ──」


 ここでフィリネが言葉を止める。その理由は単純。


 目の前のドラゴンを囲むように、アイシャの魔法が現れたからだ。


 そして、アイシャの指示と思しき炎の文字『アタシの焔縛輪えんばくりんを突き上げるように、風を巻き上げ続けろ』という文言が見える。


 ──フィリネには、この指示が意図するところが分からなかった。何が起こるかもわからないし、本当にそうするべきかどうかもわからない。


 ──ただ、フィリネは迷わずその内容を実行した。こんなもの、考えるまでもない。自身の身を委ねるに足る仲間が、こうしろという指示を出している。


 実行する理由など──それだけで十分だ。


「風よ、焔の下に渦巻き、上方へ突き上げる塔となれ!!」


 その言葉通り、風は渦巻き、焔を巻き上げる。


「よくやったねぇ……フィリネ」


 そうアイシャが呟いた瞬間、ゴウッ! と音がして、焔の下を奔るように、風が上へと伸びていく。


「焔と風の熱風牢獄、これにて完成だよぉ……!」

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