第37話 巻き起こる突風

 砂漠に、突風が


 突然吹き始めた風は辺りの砂塵を吹き飛ばし、中心の何かを守るように渦巻いている。撒き散らされるかに思われた砂塵はしかし、戦っているアイシャ、ヘレンス、ジュークの邪魔をすることなく上空へと立ち上っていく。


「今の風は……なんなんだろうねぇ……」


 アイシャがそう呟くと、本来の敵はこちらだと言わんばかりに火球が飛んでくる。


「今はそんなこと気にしてる余裕はないのかもしれないけどぉ……フィリネが、いたんだよねぇ……」


 アイシャは思考を中断することなく、放たれた火球をかわす。すぐまた二発目が放たれるが立て続けにそれもかわす。


 もちろん、火球の飛来速度は言うまでもない。戦いに慣れていない常人であれば、視認するのも困難なレベルだろう。


 ――しかし、他に考えることがあるという事実が、アイシャの体を無意識的に突き動かしていた。


「確かにフィリネは風の力をよく使うし、十中八九間違いないとは思うんだけれどねぇ……」


 なんだか、嫌な胸騒ぎがする。それに先ほどの突風以降ずっと吹いている風もなんだか妙だ。つい先ほどまでは、ドラゴンの攻撃の余波としての風くらいしかなかったのに。


 その正体を確かめるべく、アイシャは一度魔法を行使すると、フィリネのもとへと駆け寄った。



     ◇◇◇



「クッソ! ただでさえ忙しいのにこの風は何だよ!」


 ――時刻は少し戻り、辺りに突風が舞い降りた頃。ヘレンスは増えるかもしれない悩みの種について毒づいていた。


 ジュークが吹き飛ばされているのを目視し、助けに向かった直後のことである。ヘレンスが苛立つのも無理はなかった。


「分からない。ただ……どうやらただの突風、というわけでもなさそうだね」


 打って変わって冷静なのは、つい先ほどドラゴンの爪によって吹き飛ばされていたジュークだ。


 体の随所から血を流し、満身創痍ともとれる状態ではあるが、それでも未だ考えることを止めない。申し訳程度の止血をして、再び立ち上がりながらも口を開く。


「――それに、あの辺りは確か、フィリネが吹き飛ばされた場所のはずだよ。そう思うと、フィリネに何かあったのかもしれないという考えの方が現実味がありそうだ」


「怪我はしてても冷静なのは変わらねぇなぁ……ジュークは。だけど今はそれよりも、アイシャを助けに行かなきゃいけないだろ?」


 ヘレンスの視界には、たった一人でありながらもなんとかドラゴンから数秒の生をもぎ取り続けているアイシャの姿がある。おそらくジュークからも、その姿は見えているはずだ。


「火球だけだからいいが、あのままじゃ近づかれたらおしまいだ。ジューク! 俺らも加勢に行くぞ!」


「ああ! ――いや、ちょっと待ってくれ。あれは――!」


 ヘレンスとジュークは数瞬立ち止まり、アイシャのいる場所をじっと眺める。


 ――そしてすぐ、先ほどと同じ方へ、二人で走り始めた。



      ◇◇◇



「あんまり時間がなかったけど、伝わったかなぁ……」


 アイシャは先ほど魔術を行使したのち、フィリネのいた場所――突風の発生源らしき場所と言い換えてもいいかもしれない――へと向かっていた。


 先ほどから吹いている風は、すさまじい音を立てているわけではないのに力強い。そのことが、アイシャの嫌な予感をさらに加速させる。


 移動する直前に放った魔法はドラゴンや風によって十秒も経たぬうちにかき消されてしまった。自分が器用ならもっとほかの手段もとれたのかも……と思うと悔しい気持ちはあるが、現状打てる最善の手段は打ったので、反省は後回しだ。


「多分アタシの行動は見えているから……あとは二人に届いていることを祈るしかないねぇ……」


 走りながら思い悩んでいると、そろそろフィリネが倒れていたであろう場所に到着するところだった。強い風に負けず目を見開き、近くに何かないか探す。


 ――アイシャは絶句した。


 目の前には、ただ渦巻いているだけの風が。逆に言うなら、それしかなかったのである。


「――フ、フィリネ!? フィリネはどこ!?」 


 いや待て。一度考えてみよう。


 フィリネはドラゴンの爪による薙ぎ払いで、この近くまで吹き飛ばされた。それはつまり、フィリネがばらばらの肉塊になっているわけではないことを指す。


 そこから導き出されることと言えば――


「――フィリネの肉体は、まだどこかに存在する……よねぇ」


 そこからの可能性は無限と言っていいほどにある。先ほどの突風で飛ばされたかもしれないし、自力で立ち上がったフィリネが、既に戦闘復帰しているという可能性も、高くはないがないことはない。


 もしくは――――


「この風の塊の奥にフィリネがいるか……」


 アイシャとて落下地点が完璧に見えていたわけではない。多少の誤差くらいはあってしかるべきとも言える。――ただ、その誤差の先が、どうなっているかわからないだけだ。


 先ほどより幾分かすっきりした脳で、風の方に進めと身体に指令を下す。


 一歩、また一歩と進み、あわや触れるか――というところだった。


 目の前の風が、剣で分かたれた魔物のように分かれたのは。

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