第35話 邂逅、再び

「ふわぁぁぁ……」


 数日後、ジュークとヘレンスの傷も治り、そろそろ旅を再開しようと考えていた日の朝。

 寝ぼけた声とともに起床したフィリネは、体を起こすなり目を疑った。

 フィリネは、例外こそあれど基本的には四人の中の誰よりも早く起きる。──そのことを、今日ほど呪うことはないだろう。


「なんで……なんでまた……ドラゴンが…………!」


 遠くに見える赫き鱗は、フィリネの脳に恐怖を刻み、溢れ出る威容は近づくものを卒倒させるのに十分な圧を放つ。

 そんなドラゴンが、再びフィリネたちの前方数百メートルに鎮座していた。


「なんで……こんな時に…………!」


 フィリネがそう毒づくのも無理はない。フィリネにしてみれば、再出発の出鼻をくじかれる相手としてはこの上ない。

 他のなにかならばまだしも、ドラゴンと出会ってしまうあたり、自身の運の悪さと起床習慣を呪わずにはいられなかった。


「どうしましょう……。とりあえず三人を起こして──そうでした。今度はアイシャに炎を使わないよう言い含めておかねばなりませんね……」


 前回はアイシャが調子に乗って炎の魔法を打ってしまったために気づかれたのだ。

 数日前に立てた作戦の実行のためにも、今度はこちらが先手を取る必要がある。そのためにも、早く三人を起こして状況を説明しなければ。


「アイシャ、ヘレンス、ジューク、起きてください」


 ドラゴンから視線をそらさずに声だけで呼びかける。すると、未だ眠たそうに目を擦りながら二人が起きてきた。


「なんかあったのぉ……? まだ朝も早いのにさぁ……」


「儂はもうそろそろ起きる予定ではあったからいいけど……みんなを起こすにはまだ早くないかい……?」


「ヘレンスは──いえ、今は後にしましょう。アイシャ、ジューク。二人とも大きな音を立てずに、わたくしの視線の先を確認してください」


「…………!」


「──ウソでしょぉ? なんでドラゴンがまたアタシたちの目の前に……?!」


「それは分かりませんが────今度は前回と同じ轍を踏まないよう、慎重にお願いします。

以前ジュークから聞いた弱点らしきものを試すためにも、わたくしたちが先手を取るのは必須条件です」


「分かっているよ。まずはヘレンスを起こして──細かい話はそれからだね」


 ジュークはそう言うと、慣れた手付きでヘレンスを叩き起こす。


「痛ッ! 誰だ? ジュークか!? 何して──」


 そこまで喋らせたところで、ジュークが無理やり口をつぐませる。

 なおもヘレンスはモガモガと口を動かしていたが、ジュークが口を抑えていない方の手で指すドラゴンを見て、すぐに口を閉じた。


「──悪い。そういうことだったか。しかしなんでこのタイミングなんだ……!」


「今は嘆いても仕方ありません。以前話した弱点かもしれない場所のことは覚えていますか?」


「あぁ、一応。目と、首と手と……尻尾の裏、だったか?」


「ええ、その通りです。もしかしたらまだ増えるかもしれませんが、今はそれだけ認識しておきましょう」


 全員が情報を共有していることを確認して、フィリネは今一度ドラゴンの方へと立ち直った。

 おそらく普通に奇襲を仕掛け、普通に戦うだけでは、隙を探すことすらできやしないだろう。

 そのためにも──こちらも出せる力の最大限を以て、仕掛ける必要がある。


「おそらくわたくしたちのパーティで、一番初撃に適しているのは……ジュークあなたの一撃だと思います」


 その意見に賛意を示すように他の三人も頷く。

 起き上がったときに攻撃されないとも限らないことを考えれば、殴ってすぐに退けるジュークが適役だという意図が、皆にも伝わったのだろう。


「アイシャとヘレンスは、後ろから魔法と弓による援護。──特にヘレンスには、ドラゴンの弱点かもしれない部位への攻撃を、徹底的にお願いします」


「俺の弓の方が魔法よりも素早く放てるからか。分かった」


「じゃあアタシはどちらかというと遠距離からチマチマと厄介な攻撃を繰り返していればいいかなぁ?」


「理解が早いですね。お願いします、アイシャ。

わたくしは近距離での囮役兼攻撃役を担います。ジュークは初撃の後、適宜タイミングを見計らって、攻撃をしていただければと思います」


「儂の攻撃が通じなかったら申し訳ないが──そんなことを考えている場合でもないようだね」


 各々が役割を把握すると、示し合わせた訳では無いが、四人とも同じタイミングでドラゴンの方を見る。

 ある者は恐怖、ある者は後悔、ある者は不安、またある者は再挑戦。

 四者四様の思いを抱える中、恐怖を抱く者が、脚のすくみを抑えて一歩前に進み出る。


「さぁ、今から始まる戦いは、生きるか死ぬかの瀬戸際です。わたくしたちの冒険をこんなところで終わらせないためにも────全力で行きましょう!」


 三人は大声を出さず、その声に呼応するように静かに頷いた。

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