第26話 国王直々の依頼

「ここからしばらく東に進んだところに生息する──ドラゴンを倒してほしい」


 その言葉に、四人は少なからず戦慄した。ドラゴンといえば伝説の話のみの存在と疑われても仕方のない龍種であるのはもちろん、その強さはトゥリュングスのそれとは比べるべくもなかった。


「ド、ドラゴン……。なぜ、急にそのような依頼を?」


「最近になって、近隣の村から被害が大きくなり始めているから対処してくれとの連絡が入ってな。それで、貴殿らの実力ならもしや──と思い、声をかけた次第だ」


ジュークの質問に淡々と答える国王には、それを確かな話だと感じさせる威厳があった。悩む四人の中で、ヘレンスが声をあげる。


「この依頼、受けてみないか? 困っている人がいるなら、それを助けるのが俺たちの役目だろ?」


 ヘレンスの至極まっとうな物言いに、ジュークも困ったようにうなずく。


「ヘレンスも、たまにはいいことを言うもんだねぇ」


 アイシャも同調の意思を示す中、フィリネだけが、いまだ難色を示していた。


「フィリネは嫌そうな顔をしているが……どうしてだい? 戦力的な問題かい?」


 ジュークが優しく問いかけるも、フィリネからは反応がない。「うーん……」という声が返ってくるばかりだ。


「おいフィリネ! せっかくリーダー名乗ってるんだから、こういう時はしっかり決めてくれよ! それに、黙ってちゃ何もわかんねぇぞ」


「それは……そうなんですが……」


 なおも煮え切らない態度のフィリネ。そんなフィリネにしびれを切らしたのはアイシャだった。


「あの──そろそろ話してくれない? あたしとしてもそろそろ休みたいからあまり長居はしたくないんだけど」


「それは……申し訳ありません。ですが、今この場でお話すべきことでは──」


「フィリネさん。お言葉ですが、国王様からの依頼がそんなに不満ですか?」


 そばで見ていたトリスにまでもこう言われる始末。フィリネは観念して話を始めた。


「……いえ、不満はありませんが……国王様からの依頼に、わたくしが身構えてしまうのです」


「…………は?」


 予想外の答え。全く想定していなかった答えに、ヘレンスは疑問の言葉を抑える事が出来なかった。さらに言葉を続けようとして──フィリネの言葉に阻まれる。


「わたくしは以前、勇者様とともに旅をしていました。その時にも国王様から依頼を受けたのですが……」


「…………」


「その依頼解決の過程で、勇者様は囚われの身になってしまったのです!」


 今度は、誰も何も言えなかった。先ほど疑問を抱いたヘレンスも──ことの当事者の国王までもが、フィリネの様子を見守っている。

 ヘレンスやジュークを含む三人がこのパーティに加入したのはその以来の解決の途中のこと。依頼の中身こそ知ってはいたが、それが誰から受けたものなのかは、一度も聞いたことがなかった。


「その恐れが、わたくしの首を縦に振らせないのです。あの時と同じ状況になっているんじゃないか──また、仲間を失うんじゃないか。そう思うと、わたくしの考えは止まってしまう!」


 フィリネの真意の叫びの中、それに答えたのはなんと国王本人だった。


「我の依頼で──か。それは……すまないことをした。我の依頼さえなければこのような思いをすることもなかったかもしれないな」


 国王はそこで一度言葉を止めると、一度大きく息を吸い込んだ。

 そして、先ほど答えた時のような慈しみのある声ではなく、威厳を持った、一国の王として言葉を続ける。


「だが、フィリネ殿よ。貴殿がそれでも旅を続けているのはなぜだ?」


「……勇者様の願いと同じです。皆を助け、日々の暮らしを脅かす敵を打ち倒し、平和な世界を築き上げたい」


「ならば──フィリネ殿よ。今一度この依頼、考え直してはいただけないだろうか?」


 フィリネは数瞬悩んで、仲間のほうをちらと見た。

 あぁ、あの時と同じだ。依頼内容こそ違えど、彼彼女らに不安の表情など見受けられない。誰も、何も言わず、ただじっとこちらを見つめ返している。その事実が、フィリネにはなぜだかひどく頼もしく──懐かしく感じられた。


「ならば──受けましょう。この依頼。勇者様の代わりとして……!」


 そうしてフィリネは前を向き、そう宣言したのだった。

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