第22話 真なる魔族

「あーしは魔王軍幹部だよ。本当の、ね」


 そう言い放ったのは、幼さの中にどこか狂気を感じさせるような少女だった。黒色の目には赤い瞳が禍々しく輝き、全体も黒色を基調とした服で構成されていた。肩や脚から褐色に焼けた肌がのぞき、それらとは不釣り合いな白髪をなびかせている。


「本当の、魔王軍幹部…………?」


「どういうことだ? お前が幹部なのはいいとして……本当のってどういうことだよ?」


「ん? ──あーそっか、そこから話をしなきゃいけないのかぁ。面倒だなぁ……」


 そう言うと少女は、白い髪をなびかせながらクルクルとその場で回転する。


「ま、いっか。今は時間もあることだし。──こいつを倒してくれたお礼に、ってことで」


 そこで少女は回転を止め、少し酔ったかのようにふらついた後に話し始める。


「順を追って説明していくと、そもそもこいつにこの村を占領するように命令を出したのがあーしなんだよね」


「「「えぇ⁉」」」


 三人は驚愕の声をあげた。ジュークだけは声を発さなかったが、それでも驚いたように目を見開いていた。


「うん、あーしなんだよ。そうなんだけど、こいつが使えなくてさぁ~。勝手に魔王サマの幹部を名乗ったり、大事な働き手の村人を殺しちゃったりとやりたい放題だったんだよねぇ」


 肩をすくめ頭を振る姿には、呆れこそあれど悪気は感じられない。死んだ村人への思いなどなく、ただただ使えない手下を揶揄する様子に、フィリネは嫌悪感を覚えた。

 そんなフィリネの思いなどお構いなしに話は続けられる。


「──そういうわけだから、いつかとっちめてやろうと思ってたんだけどね。君たちのおかげで手間が省けたよ」


そう言って目の前の少女は手を合わせる。しかしここで、フィリネの頭には一つ疑問が湧いた。先ほどの嫌悪感を飲み込んで、何とか言葉を口に出す。


「あの……質問なんですけれど、今の話だとあなたがここに来る必要性はないように感じられるんですが……?」


 そんな控えめなフィリネの口調とは対照的に、目の前の少女は快活に笑う。


「おっ、よく気付いたねぇ! 今あーしがここにいるのは、さすがに誰が殺したかくらいは知っとかなきゃなぁ、って理由なんだよね。そのついでにこいつの死体も持ち帰って、勝手な事したらこうなるよ──みたいに見せしめにしようかと」


「やけに恐ろしい発想ですね……」


「やっぱり秩序って大事じゃない? 人間の世界でもそうだと思うけど。魔族の世界は特に、そうでもしないと暴力的な奴が多いからねぇ」


 ここで魔王軍幹部と普通に会話する流れになっていたことに気付いたフィリネは、質問には答えずにただ頷いた。


「まぁそういうわけだから、君たちと敵対するつもりは全然ないよ? 今の君たちじゃ肩慣らしになるか微妙だし。──まぁ、魔王サマの邪魔をしようってつもりなら、容赦はしないけどね」


 にっこりと微笑むその少女に、先ほどまでの感情は完全にかき消された。代わりに、気分が悪くなるほどの悪寒がフィリネの全身を襲う。


「黙って聞いてたけど、肩慣らしになるか微妙なんて言われるのは心外だねぇ……」


 そう言って一歩前に進み出たのはアイシャだ。よく見るとアイシャは額に青筋を浮かべている。どうやら今の一言が逆鱗に触れたようだ。


「あ、やっぱり突っかかっちゃう? いいよ。試しても。あーしは動かないから、殴るなり魔法を撃つなり好きにしてみな?」


 挑発するように(実際挑発はしているのだろうが)掌をクイクイと動かす少女に、アイシャはよどみなく杖を構える。


「焼き切れても知らないよ……。焔縛輪えんばくりん‼」


 アイシャが杖を一振りすると、少女の周りを取り囲むようにして焔のリングが形成される。


「おぉう、実際に見るとやっぱり変わるもんだねぇ。さっきの戦いで見た時より強そうだよ」


 そう言うと少女は、近づくだけでむせ返りそうになる焔の輪にずんずんと近づいていく。

 次の瞬間、何やら片手を前に突き出したかと思うと、巨大な焔の輪を、たったその動きだけで消し去ってみせた。


「これで分かったかな?」


「…………」


 誰も、何も言うことができなかった。魔王軍幹部を倒したと思った矢先に、自分たちより圧倒的に強い本当の幹部が現れたら、誰しもそうなることだろう。


「んじゃ、あーしはこれで──」


「待ってください!」


 呼び止めたのは、フィリネだった。恐怖ですくみそうな足を必死にこらえて少女の前に立っている。


「何々? まだなんかあった?」


「あなたの名前を……教えてください。──いつか倒す敵の名として」


「ふぅん…………。そう言う事なら、いいよ」


 そう言うと、目の前の少女はいったん大きく息を吸い込む


「あーしの名前は『ローブストゥス』。いつか倒しに来るのを待ってるから、その時は全力でやれるようになっててね?」


「──はい。必ず」


 それを聞き届けて、少女──ローブストゥスは、満足げに去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る