第21話 戦闘終了……?

 トゥリュングスの首が落ち、緑の鮮血がしぶく。


「死んでからも、お前が与えた苦しみについて考え続けろ」


 そう言ったヘレンスの顔はひどく悲しそうで、しばらくは誰も言葉を発さなかった。

 少しして後、口を開いたのはアイシャだった。


「や……やったのかい?」


「そうだと思いたいが──儂にも分からない」


「ですが、動く気配はありませんよ?」


 その一言以降、数分ほどトゥリュングスの残骸を警戒しているが、動き出したり残骸が消滅したりという事はない。


「これは……倒したと言って差し支えないのではないでしょうか?」


「ハァ……アタシはもうこれ以上動きたくないよぉ」


「まぁ今は休んでもいいのではないか? ひとまずの危機は去っただろう」


 先ほどまで張りつめていた心を緩ませて話す一同。だがその中で。ヘレンスだけは沈痛な面持ちを崩さずにいた。


「どうしたのですか、ヘレンス。わたくしたちはもう敵を退けたのですよ? 顔をあげても──」


 そこでフィリネは一瞬黙った。──いや、黙らせられた。

 理由は単純。ヘレンスの顔が、涙で濡れていたからである。


「どうしたのですかヘレンス⁉ 怪我でもしましたか?」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ……」


 ヘレンスはそう言って涙を拭おうとする。しかし、何度拭っても、涙は止まることを知らない。


「どうしたんだいまったく。倒せたからって気でも抜けちまったのかい?」


 アイシャが問うも、ヘレンスは首を振るばかりである。その間も涙はあふれ出ており、時折しゃくりあげるような声が響いていた。


「どうしたんだい。アンタがそんな様子だと、アタシも張り合いが出なくて困っちまうよ……」


 なおも慮るアイシャの声に、ようやくヘレンスは顔をあげた。


「悪い…………。そうだよな、今は喜ばなきゃいけない時だ。せっかくトゥリュングスを倒して、村を平和に戻したってのによ……」


 すると、先ほどまで立っていたヘレンスが突然膝をついて地面に倒れこむ。フィリネとジュークが慌てて駆け寄ろうとするが、ヘレンスが続けた言葉が、二人の動きを止めた。


「──どうしても、思っちまうんだよ……。もし俺一人でもトゥリュングスを倒せていたら、もし俺が一人で突っ走らずに、初めからみんなと一緒にこの村に来ていたら、あんな奴の犠牲になる人も、もっと少なかったんじゃねのかな……!」


 誰も、何も答えなかった。少なからず、そう思う心はあったからだ。

 今は遠くに避難させた人──既に死んでしまった人も、遺体の保存のために移動させている──の中に、これから起こる死も含めると、何人の命が失われただろうか。       

 ヘレンスを責める気持ちなど毛頭ないが、自分たちがもっと早く動けていて、もっと強くあったのならば──と考える気持ちはみな同じだった。


 もちろん、フィリネも──。


「わたくしも、そう思います」


「──!」


「以前にヘレンスを一人で進ませなければ、わたくしが悠長に強くなろうなどと言い出したから、考えられる理由なんて、無限にあります」


「──ッ、そんなものと一緒にしないでくれよ。俺は! 目の前で村の人を──」


 叫ぶヘレンスの体に、ぬくもりを持った物体が触れた。それはヘレンスを包むように動いていき、やがてそのぬくもりが全身に感じられる。


「……フィ、リネ? 何を…………?


 ヘレンスに触れたぬくもりの正体はフィリネだった。フィリネは質問を受けても離れることはなく、子どもをあやすようにヘレンスの頭を撫でた。


「──だから、受け入れていくしかないのです。その苦しみを、自問自答を、たとえ一生消えぬ呪縛の鎖となろうとも、忘れずに受け入れていくしかないのです」


「フィリネ…………」


 慈愛に満ちた表情で懺悔の言葉を受けるフィリネに、思わずヘレンスから再び涙がこぼれる。


「わたくしたちは受け入れて、苦しみながら前に進んで、時に思い出しては苦しくなって──それでも、人々を助けるために、動くしかないのです」


 そんなフィリネの言葉に続けてアイシャとジュークも言葉をかけてくる。


「こんなことしか言えなくて悪いけど……辛くなっても、アタシたちがいる。アタシたちが必ずまた、アンタをこの道に引き戻すから」


「泣きたいときは泣いていいし、辛くなれば儂らにぶちまけてくれて構わない。そうして一緒に、また強くなろう」


「皆──!」


 四人は身を寄せ合って、戦いの跡が色濃く残る村で泣いた。

 辺りに立ち込めていた霧は、嘘であったかのように消え去っていた。


          ♢♢♢


「俺、完全復活! 迷惑かけたな、皆!」


「本当だよ……急に泣き出すから何事かと思ったじゃないか」


「そこは『大丈夫だよ』って言って励ますところじゃないのかよ⁉」


「それだけの喋りができるなら、そんなモノなくても大丈夫でしょう」


 困り顔をするヘレンスに。こらえきれなくなってみんな一斉に笑う。この時だけは先ほどまでの戦いを忘れてもいいだろうと思いながら。


「──さて、それでは戦地の後始末と行きましょうか。いくらなんでもこのままに──」


「? どうしたフィリ──」


 全員が一斉に、フィリネの向いた方向で動きを止めた。目の前には何の変哲もない風景が広がっているだけである。

 

 トゥリュングスの死体の前に、角の生えた少女が立っている以外は。


「あなたは……何者ですか?」


 そう問うと、少女は辺りをきょろきょろと見回したのち、答えた。


「──あぁ、あーしの事ね。あーしは魔王軍幹部だよ。本当の、ね」

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