第20話 幹部との戦い

 紳士の仮面がはがれたトゥリュングスにフィリネ達は身震いした。先程まで相対していた時とは比べ物にならない圧が、全身の毛を逆立たせた。


「おっと、失礼しました。まろは苛立つとすぐに言葉が汚くなってしまう……。良くない癖ですね」


「別にいいですよ。あなたがどんな言葉を使おうと、わたくし達には関係がありませんので」


「そうですか……。──ここまで小生意気だと、もはや笑えてしまいますね」


「知らねぇよ。来ないなら──こっちから行かせてもらうぞ!」


 そう言い放つと同時、ヘレンスが弓を引絞る。放たれた三本の矢は、収束することなくそれぞれトゥリュングスの身体を穿つ──かに思えた。


「これごときで、まろを討てるとお思いで?」


 そう呟いたトゥリュングスは、迫りくる矢を素手で叩き落とした。矢はへし折れ、矢じりが地面に刺さる。


「いくら何でも、これでまろを討てると思うのは蛮勇を通り越して滑稽ですよ……」


くつくつと笑いを浮かべるトゥリュングスに、背後から人影が忍び寄る。そう、先ほどまでアイシャと共に村人の非難をしていたジュークだ。


「──これなら、どうかな?」 


 そう言ってトゥリュングスの頭部に拳を叩きつけるが、ダメージを与えた気配はない。


「失礼、幼児の肩たたきかと思いましたが……どうやら敵のようですね?」


 振り向いた瞬間、手で払われたジュークが吹き飛ばされていく。

 パーティ内の精神的な柱であるジュークが吹き飛ばされ、全員の動きが数瞬止まった。


「来ないのならこちらから行かせてもらいますよ?」


 声が聞こえたと思った時には、既にフィリネの体は吹き飛ばされていた。過去に戦った相手とは比べものにならない攻撃の重みが、フィリネの体を貫く。


「あなた方も、そこでぼーっとしているだけではありませんよね?」


 声のする方では、ヘレンスが同じように吹き飛ばされていた。アイシャは辛うじて炎の盾を貼り、攻撃を防いでいる。


「ちょっと! 早く戻ってきなさいよねぇ……アタシ一人でこれを相手するの、意外としんどいんだから……!」


 炎の盾で何とか耐えてはいるが、その炎の勢いもだんだんと弱まってきている。これはしばらくしないうちに押し切られそうだ。


「今行きますよ! 風よ、我が足に宿りて、大地を駆ける力となれ!」


 そう叫んでアイシャの元へ向かうが、それを見越したトゥリュングスはバックジャンプをする。


「させるか……よ!」


 声と共に後方から飛んできたのは、ヘレンスが放った矢である。動けない空中で着弾するように放たれた矢だったが、それもトゥリュングスの皮膚にはじかれてしまう。


「ああ……思い出しましたよ。弓の方は確か、少し前にもこうして乗り込んで来られてましたよねぇ?」


「覚えてくれていて光栄だよ。とはいえ──今日でお前は倒されるから、意味はないんだけどな」


「ハハハッ。一度ならず二度までも挑む蛮勇を持った方がいたことは、覚えておきましょう。前回よりはマシな動きをしますが、仲間がいるのですから当然の事。それでもまろには追い付けやしないのが──現実です」


「そんなまやかしの現実は、わたくし達が塗り替えて差し上げましょう。行きますよ、皆!」


「「「おう!!」」」


「その意気やよし、です。心意気だけではありますがね……」


減らず口を叩くトゥリュングスに、追い詰められている様子はない。四方を敵に囲まれているというのに、これほどの余裕があるとは。


「わたくしとジュークが行きます! 二人は援護を! ──焔よ、我が剣に宿りて、彼の敵を焼き尽くす炎剣となれ!」


 その瞬間、フィリネの手に持ったオリハルコン・ダガーが赤く染まり、剣先から熱を放出し始める。


「まずはアタシが行く! ──焔縛輪えんばくりん! 触れてもいいけど、焼き切れても知らないよぉ?」


 アイシャが生み出した焔の輪によって、トゥリュングスの行動範囲が制限される。それでもトゥリュングスは跳躍して逃げ出そうとするが、それを遮るかのように矢が放たれる。


「また弓矢ですか。こんなもの──」


「──矢はなぁ、一本一本は弱くても、合わせればすげえ力になるんだよ! ファンネル・アロー!」


 そう叫んだ瞬間、矢は直前まで描いていた軌道を変えて、まっすぐトゥリュングスを目指していた中心の一矢に収束される。先ほどまでと違う矢の飛び方に、トゥリュングスも思わず目を丸くした。


「グボヴェ!」


 収束した矢はトゥリュングスの腹部を抉り、もう一度焔縛輪の仲へと叩き落す。


「フィリネ! ジューク! 今だァ!!」


「分かっていますよ。言われずともね!」


「儂の一撃、食らってみるがいい!」


 二人の──岩を砕き、そして溶かす攻撃が、同時にトゥリュングスに命中する。


「グゲエェェェ!!」


 汚い絶叫が耳をつんざき、それと同時にトゥリュングスの皮膚が焼ける音が聞こえる。岩の時はどろりと溶けたが、魔物の皮膚──それもなかなかに強力な魔物とあっては、溶かすまではいかないらしかった。


「──儂よ! ちょっと熱いが我慢しようか! もう一発ッ!」


 拳を後ろに振りかぶったジュークは、その勢いと共にトゥリュングスの顔に一撃を見舞う。

 口にまで到達した衝撃が内部から体を破壊し、緑色の鮮血がしぶいた。


「ハァ……ハァ……」


「まだ、気は抜かないでくださいよ?」


「分かってるよ。まったく……心配性だねぇ、フィリネは」


 少しずつ言葉を交わす中で、ヘレンスは未だに言葉を発さずにいた。ただ、ひたすらにじっと、変わり果てたトゥリュングスを見つめている。

 やがて、それは声を発し始めた。体が奥から焼け、声帯ごとひしゃげたような汚い声だ。


「まろは……こんなところで……」


 這いずり回りながらそう呟く異形は、生への執念を感じさせるまなざしをもってこちらに近づいていた。

 誰も動かず、さりとて誰も油断はせず。ひたすらに見つめていた四人であったが、しばらくして一人が動き始めた。

 弓に矢をつがえたヘレンスが、無言でトゥリュングスのもとに歩み寄る。


「まろは……こんなところで! それにたとえまろを倒そうとも、まろ以上の強者はまだまだいる! これから先、貴様らが生き残ることは──」


「お前は、どれだけの苦しみを与えて来たんだろうな」


 静かに言うヘレンスは、普段の彼からは見られない暗い表情をしていた。ぞっとするほど冷たく、死者の瞳とも見まがうほどうつろな目で続ける。


「お前が与えた苦しみは、お前が返せるものじゃない。もちろん、俺らが返せるものでもない。だからこれは──せめてもの、亡くなった人へのはなむけだ」


そう言うと、矢をつがえた弓を上空へと掲げる。


「な、何を…………!」


「この矢でもって、断罪されてくれ」


 放たれた矢は、しばらく上昇したのちに重力に従って落下していく。

 その矢は勢いそのままに、トゥリュングスの首を刎ねたのだった。


「死んでからも、お前が与えた苦しみについて考え続けろ」


 うつむいたヘレンスは、先ほどよりも更に悲しそうな眼でもって言ったのだった。

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