第18話 決意固めて

 村の実態を見た後、フィリネ達は息を潜めて来た道を戻った。


「あそこまでトゥリュングスの支配が進んでいるとはな……」


「そうですね……わたくしも驚きました……」


 息を潜めながら会話をするフィリネだが、フィリネが抱いた感情は驚きだけではなかった。

 奴隷のように働かされ、満足な食料も与えられず、倒れてしまえば、鵜照られたごみと扱いは変わらない。そんな──およそ人間が生きていくとは思えない環境を目の当たりにして、先ほどの悔恨の情が再び溢れ出てきていた。

 またも思い悩むフィリネに、ヘレンスから声がかけられる。ヘレンスには、人が捨てられている様子までは見えていないはずだ。というか、見えていたら間違いなくあの場で突貫していただろう。


「大丈夫かフィリネ? また浮かない顔をしてるが……ここまで来たら、覚悟を決めてもらわないと困るぞ」


「え、ええ……。分かっています。わたくしも、分かっているのです」


「……? それならいいんだが……」


 一瞬立ち止まったが、すぐに思い直したのかヘレンスは走り出す。気が付くともうすぐ霧を抜け、アイシャたちが待つ場所に戻るところだった。

 少しして、アイシャとジュークの姿が見えてくる。


「無事に帰ってこれてよかったよ。──ところで、村の方は?」


「それは……」


「村はやっぱりトゥリュングスが支配してた。それで──」


 言葉に詰まってしまったフィリネの代わりに、ヘレンスが説明をする。ヘレンスの説明は珍しく分かりやすく、非常に落ち着いた口調で話している。もちろん、随所に怒りが滲み出てはいるのだが。

 ただ、やはりフィリネが見た光景は、ヘレンスの説明の中には含まれていなかった。

 一通りの話を聞いたジュークが、大きくうなずいたのちにこちらに問う。


「なるほど……事の概要は分かった。フィリネから何か付け加えておくことはあるかい?」


「わたくしからは…………」


 ここでフィリネが見た光景を伝えることは簡単だろう。状況をありのまま伝えることは大事だし、心が痛むかもしれないが怒りの感情からさらなる力を出す場合もあるだろう。だが、フィリネに事実を伝えることはできなかった。

 仲間たちに死人の情報を伝えることに気が引けたというのもあるが──それよりも、フィリネが見た光景を口に出すことによって、あの光景が事実として確定してしまう気がしたのだ。

 何を言っているのかと笑う人間が大半だろう。シュレディンガーの猫でもあるまいし、一人が意識を逸らしたところで事実は変わらないのだと。

 だからこれは、フィリネ自身のエゴである。普段魔術を行使する際の手段として言葉を使用する、そんなフィリネだからこその思いであった。


「わたくしから伝えることは────何もありません。ですが、報告とは別に、一つだけ」


 そう言うと皆がフィリネの方を向く。話を聞いてただけのアイシャも、その目に静かな闘志を燃え滾らせながらこちらをじっと見据える。

 その目に少し尻込みしたが、三人の視線によって何とか平常心を取り戻した。


「わたくしたちは──強いです。…………きっと、多分ですが」


 フィリネの言葉の始まりに苦笑する一同だが、フィリネは気にすることなく話を続けた。


「──それでも敵は強大で、ヘレンスが以前戦った時の情報も、当てになるかは分かりません。わたくし達と同じように、敵もまた成長しているのですから」


 釘を刺すような一言にも、そんなことは当然分かっているとでも言いたげな目で頷く三人。その様子を見て一旦間を開けた後、フィリネはまた口を開く。


「ですが、わたくしたちは勝たねばなりません。村の人のために、この国の未来のために、そして────今はいない勇者様を、落胆させないために。その思いを持ってこれからの戦いに臨むのです。…………では、行きましょう」


「「「おう!!」」」


 勢いよく飛び出した四人は、慎重に、されど迅速に、先ほどフィリネとヘレンスが歩んだ道を進んでいく。今回は先ほどと違って敵地までの距離や大まかな位置なども分かってるので、かなりすいすいと進んでいく。

 数分ほどして、もう少しで霧の地帯を抜けて敵陣に乗り込もうかというところで、それは起きた。

 ドガァァン! と、爆発音のような音が響いたのである。これにはフィリネ達も一度止まらざるを得なかった。


「あと少しって時に……なんだいこれは?」


「儂らの存在に気付いたトゥリュングスが威嚇行動をした……とかかな」


「それですと先ほどまでまったく動きがなかった理由が気になります。もちろん今気づいたという事もあり得るでしょうが──」


「それより、音がしたのはさっき村人たちが働かされていたところじゃなかったか? 嫌な予感がするぞ……」


 先ほどとは打って変わって警戒する一同だが、爆発音が襲ってくることはない。

 不安を抱えながらも霧が薄れ始めた地帯まで来たときに、二度目のそれは起こった。

 先ほどより大きな音だったが、それはつまり音の発生源も近いという事である。瞬時に判断した一同は、姿が見えないように霧の中からトゥリュングスの様子を伺った。


「──なんなのですかねぇ……この体たらくは。まろの気分が優れなければ今すぐにでも首から上を殴り飛ばしていましたよ」


 丁寧な口調とは裏腹に、背筋を震わせる声。こいつならやりかねないという悪い意味の信頼。そして既に数人がその魔手にかけられた実績。それらすべてを兼ね備え──足を地面に打ち付けた、蛇とも獅子ともつかぬ異形が、そこにはいた。

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