第17話 隣の村の実態

 ヘレンスからの話を聞いた直後、一行は件の村へと歩を進めた。


「だいぶ先走ってきちまったけど……何か他の情報はあるのかい?」


「あぁ、一応大体の話は聞いてる。村の人の内数人を人質に取って、魔王軍用の食料を生産させているらしい。その働かせた村人たちにもまともな食糧は与えられていないらしい」


「なるほど……その村人たちを働かせてる奴は、以前ヘレンスが負けた相手という事でいいのか?」


「ああ、間違いない。あの憎き魔王軍の幹部の一人──トゥリュングスでな」


「……」


 仲間たちが情報交換をする中、フィリネは言葉を発することが出来ずにいた。わたくしが戦力強化などと言い出さなければ、もっと早く村の人を救えたのかもしれない。そんな思いが、一歩足を進めるたびにに倍々増幅していた。


「フィリネ? さっきから元気がないけど、大丈夫か?」


 先頭を走るヘレンスが問いかけてくるが、フィリネの耳には聞こえていない。フィリネからの返答が返ってこなかったヘレンスは、後ろを振り返ると同時にその場に止まる。

 ──しかし、前を見ずに走っていたフィリネは、ヘレンスに思いっきりぶつかってしまった。


「いたたた……ヘレンス、なぜ止まっているのですか? わたくしたちは一刻も早く村に着かなければ──」


「それはいいけど……フィリネ。はっきり言うが、今のお前は戦えるのか?」


「……どういうことですか? わたくしじゃあ力不足だと?」


「そんなつもりはないが──なんとなく、足取りが重いように感じてな。しかも俺が村の話をしてからずっとだ。そんな状態の奴が、普通に考えてまともに戦えるわけないだろ?」


 図星を突かれて黙り込んでしまうフィリネに、アイシャがさらに口を開く。


「アタシとしてもフィリネにこんなこと言いたくはないし、ヘレンスの言うことに賛成するのも癪ではあるけど……でも、その通りだと思うよ。今のフィリネに、アタシの命を預けようとは──残念ながら、思えない」


「アイシャまで……!? そこまでわたくしに変な様子でも……?」


「儂からも言わせてもらうが……今回のヘレンスの言うことは間違ってないと思うよ。確かに儂らは強くなったとはいえ、それでも油断できるような相手じゃあない。一瞬の遅れが、全員の命を脅かすことだってあるんだよ。何を考えているのかは儂らには図りかねるが──今はその悩みは忘れよう。こうしている間にも、被害は拡大しているかもしれないしね」


 今まで長く旅をしてきた仲間たちではあるが、そこまで変な様子でもあっただろうか。いや、確かに自分の考えで──と考えはしたが、それが影響を及ぼすのだろうか?

 フィリネは数瞬頭を巡らせたが、答えはすぐすぐには浮かばないことを悟って思考をやめる。


「分かりました。確かに思い悩んでいるところではありますが……一旦は、考えないことにします」


「分かった。その言葉が聞ければ今は十分だ。──それでも、どうしようもなくなったら話してくれてもいいからな」


「ありがとうございます、ヘレンス。さ、わたくしの事はこれくらいにして、先へと進みましょう」


 そう言ってフィリネは前へと進みだす。

 とりあえずは、アイシャやジュークも納得してくれたらしく、四人でまた歩を進めていく。

 しかし、フィリネの頭には、未だに先ほどの考えがこびりついているのだった。



 一度止まってから一時間ほど経過しただろうか。四人一緒に進むので時間はかかったが、ようやく件の村に到着した。のだが。


「なんだこれは……!」


「なんともひどい有様ですね……」


 村の入り口にあるゲートは無残に破壊されており、旅人どころか泥棒でさえも寄り付かないほどのおぞましさを醸し出している。

 その奥には、屋根が吹き飛び、壁が抉れた民家が立ち並んでいるが、人の気配は感じられない。おそらくは以前まできちんと整備されていたであろう道も、所々が陥没しており、続く先は深い霧で覆われていた。

 ただの廃村ではなく、徹底的に破壊された──その一帯限定の、超強力な竜巻が襲って来たかのと言われても信じてしまうような村。それが話に出ていた村──ケゼル村だった


「村がこんな状態で、村民たちは生きているのかねぇ……?」


「アイシャ、たとえ思っていてもそんな不謹慎なことは口にするものじゃあないよ。疑いたくなる気持ちは痛いほどに分かるけれどね……」


「でも場所の間違いはないはずですし、先に進むしかないのではないでしょうか? 霧に覆われていて先が見えませんが……」


「それならフィリネと俺の二人で行く。全員で行くのはいくらなんでもリスクがでかすぎる」


「分かりました。仕切っているのは気に入りませんが──行きましょうか」


 そこで二人になったフィリネ達は、深い霧の先へと歩みを進めた。しばらくは霧が立ち込めていて目の前のヘレンスの姿さえ曖昧なほどだったが、しばらくすると、あと少しで霧の区間を抜けるというところに来る。


「霧に紛れて姿を伺おう。情報を共有して──攻めるのはそれからだ」


「今日のヘレンスはやけに冷静ですね。普段からそれくらいだと助かり──ッ!?」


 皮肉を言おうとして……フィリネは視界に入ったもののおぞましさに言葉を失った。

 人々は無言で働き、それを鎧を纏った異形の生物が愉快そうに眺めている。人々の腕は食料不足からか骨が浮き出ている者もおり、棒のようだと言って差支えのないような足をしていて──なにより、少し奥の足元には、何人かの人々が倒れ伏しているのだった。

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