第16話 聞き届けた報せ

 和気あいあいと朝食を食べているフィリネ一行だったが、その空気を変えたのはヘレンスの一言だった。


「そういや、飯終わったら昨日の事について話さねぇか? 皆がどうしてたのか聞きたいところだし──話したいこともあるし」


「分かりました。確かに現状の力の把握は大事だと思います。……まぁ、ヘレンスに言われなくともやる予定ではありましたが」


「まぁまぁ、ヘレンスも心配なんだよ。なにせ、昨日一番最初に宿に帰ってきたのはヘレンスなんだ。無事に帰ってくるかどうか、気が気じゃなかったんだろう」


「──いや、単純に皆が強くなってたら模擬戦でもしたいな、と思っただけなんだけど……」


 その瞬間、辺りに気まずい沈黙が流れる。ほとんど全員が俯いて呆れたような顔をしているが、ヘレンスだけは何が起こったか分からず目を瞬かせていた。


「なぁフィリネ。やっぱりコイツ置いていかないかい? もしかしたらアタシはそのうちヘレンスをうっかり殺しち舞うかもしれない」


「物騒な事を言わないでください。いくら有名ではないとはいえ、わたくし達も勇者様の仲間です。そんなことは許されませんよ」


「ちぇ……じゃあさっさと食べて、お披露目会と行こうじゃないの。そこで死んだらヘレンスの自己責任だしねぇ?」


 注意してもなお態度を崩そうとしないアイシャに、すでに食べ終わったらしいヘレンスがすごむ。


「ま、俺だって強くなったんだからな。どうなるか楽しみにしてるぜ。俺は先に上で準備してるよ。二十分後には外にいるさ」


 そう言うとヘレンスは本当に上へと行ってしまう。それを見届けた辺りで、アイシャとジュークも席を立つ。


「アタシもそろそろ行こうかねぇ。ヘレンスに言わせっぱなしなのも癪だしねぇ」


「儂も──どうせなら、仲間たちの前でくらいは格好をつけたいのでね。悪いけど、行かせてもらうよ」


「あぁ……お二人がどうなったのか、楽しみにしていますね」


「楽しみにしておいてほしいね」


 ジュークがそう言い、アイシャは何も言わずに手をヒラヒラと降って去っていく。

 一人取り残されたフィリネは、全員が残した朝食を見事に平らげて、自室へと向かうのだった。


       ~二十分後~


「お、やっとフィリネも来たねぇ」


「すみません、すぐに見つからなくて……探すのに手間取ってしまいました」


「別に俺は構わねぇよ。──ところで、俺からお披露目してもいいか?」


「今日のヘレンスは自信満々だな。それなら儂も先陣を譲ろうか」


 ジュークがそう言うと、ヘレンスが前に一歩進み出る。見据えた先には、昨日ジュークたちが運んできたという、おおよそ人間サイズの岩がいくつも並んでいた。


「俺が会得した弓──とくとご覧あれ!」


 そう叫んだヘレンスは、矢を数本つがえると、それらを同時に発射する。

 そのまま直線で進むのか……と誰もが思った時、端の方の矢がカーブを描いて、中心の矢の方へと向かっていく。一転に集中して着弾した矢は、岩を見事に砕いてみせた。


「どうだ! これが俺の、ファンネル・アローだァ!!」


「すごいじゃないですかヘレンス! てっきり真っすぐ飛んだだけでドヤ顔をされるのかと思いましたよ!」


「まぁ……ヘレンスにしてはやるんじゃないかい? 認めたくはないけどね」


「一番にやるって言うから少し心配していたんだが──いらない心配みたいだったな」


「皆もう少し素直に褒めてくれてもよくないか?」


 半眼を作りながら落ち込む様子は、先ほど矢を放っていた人間とはまるで別人のようである。あの緊張感を普段から持っていれば、ヘレンスを臨時リーダーにすることも吝かではないのになぁと思うフィリネだった。


「それじゃ、次はアタシがいかせてもらおうかね。それじゃあ──いくよぉ!」


 手に持った杖をアイシャが振ると、目の前の岩の上空になにやら焔のリングのようなものが出来上がる。それは次第に大きくなってやがて岩を取り囲むと、その熱量でもって岩を完全に消し飛ばしてみせた。


「あえて名前を付けるなら……焔縛輪えんばくりんってところかねぇ」


「アイシャ……すごいですね」


「もともと火の魔法は得意だったけど、それをここまで伸ばすとはねぇ」


「皆俺の時と反応が違くないか?」


 若干一名、感想になっていない感想があったが、気にせずに今度はジュークが前に出る。


「じゃあ今度は儂だな……そいっ!」


 ジュークは掛け声に合わせて跳び上がると、人の体ほどもある岩を上から殴りつけた。拳が岩にめり込み、大きな音を立てる。拳は岩を真上から打ち砕き──あまつさえ、その下の地面を陥没までさせてみせた。


「町にいた知り合いに習ったがここまでとは思わなかったね……」


 微笑みながら三人の方を向くジュークに、三人がそろって言葉をかける。


「「「今の痛くないの!?」」」


「う。うん…………全然大丈夫だけど」


「ならよかったです。素手で殴るから、びっくりしてしまいましたよ……。──あ、次はわたくしがいかせてもらいますね」


 そうしてフィリネはオリハルコン・ダガーを持ち、魔法の詠唱を開始する。アイシャの魔法は道具に魔法の力を付与し、それを開放することで魔法を発動するが、フィリネの魔法はその場で魔法を構築する分、逐一詠唱が必要なのだ。


「熱よ、この刃に宿りて、彼の岩を溶かす熱刃となれ!」


 詠唱を終えた後、フィリネは岩に向かって切りつける。すると、その岩は内部からマグマのようにドロドロと溶けていった。


「フィリネ……あんたいつの間にかすごいことになってるねぇ」


「こんなことが出来るなんてびっくりだな!」


「フィリネ自身の力もそうだけど、そのダガーの魔力の通りやすさも尋常じゃないね」


「でしょう? 苦労して手に入れた甲斐がありました!」


「それじゃあここで一旦、話をさせてもらってもいいか?」


先ほど弓を射た時のような面持ちで切り出すヘレンスに、三人は気圧されて頷く。


「俺が街を歩いていた時なんだが……前に、俺が無謀にも突撃した村から逃亡してきた人と会ったんだよ。その時言われたんだ。『今、村の全員が魔王軍の支配におびえている』って」


 予想だにしなかった──否、予想はしていたが、もう少しの余裕はあるだろうと思っていた現実を突きつけられて、動きが固まる。強くなることも大事だが、それより先に村民の安全を確保するべきじゃなかったのか。そんな思いがフィリネの思考を埋め尽くす。


「わたくしがあの時──」


「──だから、助けよう。今から皆で」


 その言葉にフィリネの顔が上がる。横を見ると、仲間たちも決意に満ちた目をしていた。


「前回は負けちまったけど……今回は絶対にそんなことはさせねぇ」


 瞳を鋭くして呟くヘレンスに、フィリネはフッと苦笑して言った。


「珍しく意見が合いましたね、ヘレンス。行きましょう──今すぐに」



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